Month: June 2023

堀雅昭『靖国神社とは何だったのか』

宗教問題、2021年。

第1章 靖国の原像
 2つの神社
 維新招魂社の出現
 京都蹴上と霊明舎
 廃仏棄釈の目的
 密造された錦の御旗
 福原越後と楠公祭
 長州の招魂祭
 井上馨と青山大宮司家
第2章  伝統と革命
 藩政期の椿八幡宮
 天皇陵の整備
 神職たちの神威隊
 国学的身分解放
 八角形墓の思想
 吉田神道とキリスト教
第3章 賊軍と官軍
 右翼に殺された大村益次郎
 九段のモダニズム
 天皇と「彰義隊の墓」
 陋習を破る遊就館
 幻の「愛魂大遊園」構想
付録 2人の宮司はなぜ靖国を去ったのか
 徳川康久宮司の違和感
 近代を揺さぶる賊軍の系譜
 テレビ討論の一夜
 安倍首相の琴崎参拝と靖国

著者は靖国神社初代宮司・青山清の子孫とのことで、すでにこの主題では『靖国の源流』『靖国誕生』という著書を著している。郷土史家的な人のようだが、執念を感じるようなしかたで、靖国神社が、反幕府勢力としての長州にルーツを有する「長州神社」として成立した経緯を記している。

「関ヶ原で徳川家に敗れた毛利家は、移封先の長州・萩の地に鎮座する椿八幡宮に祖先神である「平野大明神」を祀らせるため、随行の青山元親(青山左近大夫)を大宮司にすえた。それが藩政期における萩の椿八幡宮の青山大宮司家の始まりであり、青山上総介〔青山清〕は、そこから数えて9代目の子孫だった」(5)

「元治元年(1864)2月、それまで儒教主義だった萩明倫館と山口明倫館の教育を神道式に改めたのも〔青山たちの〕編輯局の仕事である。また、慶応元年(1865)3月には、毛利家の4祖先神である天穂日命、大江音人、大江維時、大江匡房を山口の多賀神社の遙拝所にも祀る。長州藩のフォルクス・ゲマインシャフトの構築こそが、明治維新後の国家神道の地下水脈であった」(22)。ここにアメノホヒ、つまり出雲国造の祖先神が出てきていることも注意。

禁門の変に参加し、自刃に追い込まれた福原越後らは、青山らの手によって、密かに神霊と祀られる。最初、琴崎八幡宮に祀られた福原の神霊は、1866年新たに彼のために建立され、後にはほかの家臣たちの招魂碑も設置されるようになった維新招魂社(現・宇部護国神社)に遷される。「福原越後を神として祀った幕末の琴崎八幡宮は、プレ靖国神社であったのだ」(30)。著者は、招魂社も廃仏毀釈も、津和野ではなくもともとは長州藩由来であることを強調する。

「実際は近藤〔芳樹、長州藩〕の『淫祠論』を入手した津和野藩主の亀井茲監が、木部八幡宮祠司の岡熊臣にそれを示し、岡が弘化2年(1845)10月に『読淫祠論』をまとめたのがきっかけで、津和野派は国学主義に転じていくのである」(116)。青山清もまた、近藤芳樹を国学の師と仰いでいたとのことである。

おもしろいのは、本書著者が、靖国神社のルーツが長州にあることは強調しても、なにか「純粋な国家神道」のようなものにはまったくこだわっていない点だ。維新という言葉が『詩篇』に由来することを指摘したり、「チャプレン制度は、戦死した長州藩士たちを戦場で慰霊鎮魂した招魂祭とよく似ていた」(67)とも述べる。「チャプレンに似た「人を神として祀る」長州藩の招魂祭の出現も、キリスト教と国学の融合の帰結であったのかもしれない」(68)。

墓石のかたちの話も出てくるが、たしかに京都霊山神社や函館護国神社の墓石の形態は、ヨーロッパやアメリカの軍人墓地を連想させるようなかたちではある。「青山大宮司家の2基の八角形墓が、吉田神道の八角形の大元宮をモチーフとしたデザインであった可能性が見えてきた。それが「人を神として祀る」幕末維新期の長州藩の招魂祭にもつながる」(128)。

著者は、江戸時代の墓とは異なり、同一の墓石を用いる招魂祭式の墓石が近代的な平等の意識を反映しているともいう。ただし、靖国神社本体はそうではないとも指摘する。「東京招魂社では長州藩の招魂社と違って、例えば下関の桜山招魂社のような吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞から無名志士に至るまでの、同じ大きさ、形の、一人ひとりの招魂碑は作られなかった。この違いは、東京招魂社には立ち上げ段階で青山ら長州の招魂社メンバーの関与がなかったからではあるまいか」(142-143)。後世のA級戦犯合祀問題についても、「東京招魂社の創建時に招魂碑を造らなかったことで1柱ごとの分離が難しくなったのではと感じたことがある。長州式の招魂碑を踏襲していたら、分祀問題もこじれずにすんだかもしれない」(144)。

戊辰戦争のときの吉田神社配下の神官部隊「神威隊」と同様に、いちはやく長州でも同名の神官部隊(後には八幡隊と名のる)が編成されていた話なども興味深い。長州には複数の神官部隊が結成されたという。

靖国神社確立後、多くの志士たちが後からまた合祀されていく。「それにしても、どうして西郷隆盛は最後まで靖国神社の合祀対象にならかったのであろうか。考えられることは「長州神社」の原型を持つ靖国神社を、薩摩閥自身があえて避けた雰囲気である」(178)。いや、なるほど、ありそうなことだ。そうした力学の結果が、上野恩賜公園の西郷隆盛銅像建立であると。

最後には、平成30年の終戦記念日前日に、安部晋三が琴崎八幡宮を参拝したエピソードが出てくる。ルーツはもちろん長州藩のこの人物、著者はこの参拝について「だが果たして安倍首相はそこまで〔この神社の意味を考えて〕参拝したのだろうかという気もした」と述べている。きわめて複雑な状況のど真ん中に、無意識・無思慮に身を置いているこのかんじ、まさに。

[J0372/230607]

武田尚子・文貞實『温泉リゾート・スタディーズ』

副題「箱根・熱海の癒し空間とサービスワーク」、青弓社、2010年。

湯けむりのむこう――温泉リゾート地域の“オモテ”と“ウラ”(武田尚子)
第1部 温泉リゾート地域の形成と近現代社会(武田尚子)
 第1章 箱根の近代化と温泉地形成――多様なミクロ・コスモス
  1 温泉は誰のもの?―─温泉権と地域社会
  2 湯けむりと近代化―─ミクロ・コスモスのつながり
  3 地付層経営者と温泉地形成―─箱根・湯本集落
  4 近代化へのキャッチアップ―─アソシエーションとネットワーク
  5 流入経営者層と温泉地形成―─塔之沢集落
  6 現代のリゾート―─旅館・ホテルの集積
 第2章 熱海の近現代とリゾートの演出者―─多士済々の旅館経営者
  1 温泉権の解体―─技術の時代と自由競争
  2 旅館経営者リーダー層の形成―─温泉リゾート・ビジネス・モデルの創出
  3 拡大路線と大型化―─温泉街の変貌
  4 リゾートの演出者―─経営者のパフォーマンス
 第3章 サービスワークの革新―─旅館経営者たちのアイデア
  1 温泉リゾート地域の労働市場―─多様な労働者の集積
  2 風雲児の改革「客室は商品なり」―─K旅館の“とっくり”
  3 働く母への目線―─ホテルの保育園
  4 “白いごはん”の配達―─旅館経営者の共同化
第4章 〈舞台裏〉の流入者―─北の国から来た人々
  1 かあさんたちの出稼ぎ―─温泉リゾートと女性労働
  2 縁の下の力持ち―─ヤーレン・ソーランの利尻・礼文から
  3 雪ん子たちのネットワーク―─根を張り、花を咲かせる

第2部 サービスワークと温泉リゾート地域(文貞實) 
 第5章 女性労働者と温泉リゾート
  1 女性労働者とサービスワーク
  2 温泉リゾート地域のサービスワーカー
  3 温泉リゾート地域の雇用戦略
 第6章 癒しのプロフェッショナルの〈舞台裏〉―─仲居のライフストーリー
  1 女性従業員の求人・求職の特徴
  2 癒しのプロフェッショナルの〈舞台裏〉
  3 仲居のライフストーリー
 第7章 エンターテイナーの演出―─芸妓さんと見番
  1 観光地の近現代と芸妓たち
  2 温泉リゾート地域のエンターテイナーたち―─熱海篇
  3 “きらり妓”から和装コンパニオンまで―─箱根篇
 第8章 派遣労働の現代──非安定雇用とサービスワーク
  1 派遣労働と温泉リゾート地域
  2 人材紹介業の参入―─雇用者のニーズ、女性労働者のニーズ
  3 人材派遣の多様化―─マネキンから清掃業まで
 終章 温泉リゾート地域の社会構造と労働市場 武田尚子
  1 流入する人々
  2 マクロなプル要因―─交通基盤の整備
  3 旅館経営すごろく―─あこがれと到達的職業
  4 大規模旅館経営―─「湯」プラス「α」の探求
  5 旅館労働の合理化とプル要因
  6 旅館従業員の労働市場─―分断されているサービスワーカー
  7 現代社会の縮図―─格差拡大

観光地としての温泉をめぐる話題をあれこれ扱った軽い論集、かと思いきや、さにあらずして、働き場としての箱根・熱海をフィールドワークを基礎に描いた一冊。もちろん、温泉や観光の研究としても読めるが、ひとつの特定地域における労働状況とその歴史のケーススタディとしても読むことができる。たとえば、現代的状況を説明した最後の方の章は「派遣労働の現代」となっている。

たとえば、北海道の利尻・礼文からは、1960年頃からニシン漁が不振になって冬に手が空くようになった働き者の女性たちが、季節ごとに箱根の旅館で働くようになったという話。箱根で彼女らは、北海道で見ることのない実のなる樹木に驚いたり、小田原城ではじめて天守閣を目にしたり、筆者は「出稼ぎは一年の時間の流れにメリハリをつけ、活気と躍動感にあふれた期間を女性たちの人生に作り出していたのである」と述べている。このような記述には、『トラック野郎』的な世界を連想させるような、地方におけるかつての労働者たちの生活風景を感じる。
[J0371/230606]