Month: June 2023

小国喜弘『戦後教育史』

副題「貧困・校内暴力・いじめから、不登校・発達障害問題まで」、中公新書、2023年。

1 敗戦後、学校はどう改革されたか
2 混乱の子どもたち―学校と人権
3 教育の五五年体制―文部省対日教組
4 財界の要求を反映する学校教育
5 高度経済成長下、悲鳴を上げる子どもたち
6 一九七〇年前後の抵抗運動―教育の可能性
7 ウンコまで管理する時代
8 政治主導の教育―新自由主義改革への道
9 教師たちの苦悩―新自由主義改革の本格化
10 改革は子どもたちに何をもたらしたか
11 特別支援教育の理念と現実
終章 学校再生の分かれ道

21世紀もぼちぼち四半世紀が過ぎ、現在の目から改めて20世紀や戦後の流れを眺めてみると、今まで見えていた像・暗黙の内に教え込まれてきた像とはずいぶん違ってみえる気がする。やはり、21世紀冒頭までは「戦後民主化の進展」という枠組みが圧倒的に支配していたのだなと思う。もうその図式を中心に語れるような状況ではない。

正確には「戦後学校教育史」となろうか。調べたわけではないが、苅谷剛彦さんの仕事がやや近いかなと思い浮かぶくらいで、類書がありそうでない仕事のように思う。筆者は、子どもの人権保障、産業界の意向の影響、「障害児」の問題を焦点にして、この戦後学校教育史を描き出したといい、その意味では筆者個人の観点や関心が色濃く反映した歴史記述ではある。日本の教育を語る上で必読書とすべきと思うが、同時に、また違った観点からの(そしてこのように手軽に読める)戦後学校教育史がいくつも提示されて、比較検討できるような状況になるといいのだけれど。

[J0375/230623]

笹澤豊『〈権利〉の選択』

ちくま学芸文庫、2021年、原著1993年。

第一章 「権利」という日本語
 1 思想表現としての「権利」
 2 〈ライト〉と「通義」
 3 「権」としての〈ライト〉
 4 「利」と〈ライト〉
第二章 利の追求と共同の論理
 1 「権利」と「権理」
 2 全体優先か個人優先か
 3 個人優先主義の問題点
 4 〈ライト〉と共同体主義
第三章 〈ライト〉の思想と平等主義
 1 機会の平等
 2 格差原理と〈ライト〉の思想
 3 逆差別の問題
 4 平等主義の困難
第四章 〈ライト〉の思想と自由の問題
 1 消極的自由の特質
 2 積極的自由の要求
 3 消極的自由を守るための積極的自由
 4 民主制と自由
第五章 〈ライト〉の思想と力の論理
 1 アイディアリズムからリアリズムへ
 2 支配と服従
 3 権利の成立根拠
 4 権利の尊重と力への意志
第六章 〈ライト〉の思想の問題状況
 1 起源と正当性の問題
 2 なぜ必要な思想なのか
 3 陶片追求の論理
 4 望ましい社会の決定方式
 5 豊かな社会の神話
 6 結びに代えて
解説 他に類書というものが存在しない真に画期的な一冊(永井均)

次のような三つの次元の話を絡ませながら、権利概念について考察を加えていく。

まず、ヨーロッパ語の〈ライト〉と、日本語の〈権利〉〈権理〉〈ケンリ〉あるいは「法」といった語の関連について。一見、法や正しさという意味からすれば〈権理〉の語あたりが〈ライト〉の訳語としてふさわしく思えるが、じつはそうではなく、〈権利〉の語が意外にもその本義に通じるところがあると指摘される。

これと並行して、〈ライト〉概念がはらんでいるさまざまな矛盾や動態が追求される。個人に平等に与えられた権利という理想は、その実現に原理的な矛盾をはらんでいて、〈ライト〉概念とは単純にそうしたものではありえない。が、一方でこの概念は、そのような理想主義的な「装い」をまとうべき必要をも有している。最終的には、こうした〈ライト〉概念の本質を、著者は「力への意志」と結びつけて説明している。

そして三つ目の次元として、これらの〈ライト〉概念のあり方を論じるのに、ロック、ドゥオーキン、ロールズ、センといった西欧の思想家だけでなく、福沢諭吉、西周、加藤弘之といった近代日本の思想家の権利思想をおなじ地平のもとで扱っているところに、本書の議論のもうひとつの特徴がある。

思想史の知見も少なからず含まれているが、単純な思想史ではなく、むしろ日本語翻訳の問題への言及によって、もともとの Right 概念が有する特徴を浮き彫りにしようとする試みであると言える。

[J0374/230619]

桑原稲敏『天皇の野球チーム』

副題「スコアブックの中の昭和史」、徳間書店、1988年。

プロローグ :昭和62年秋、横道一郎の回想
第1章 台覧試合のあとで
  早稲田大学野球部、軽井沢夏季練習場
  早大黄金時代の幕開け
  「もっと近くで見たい」
  怒鳴られた北白川宮殿下
  「宮内省にも野球チームを…」
  小倉の豪腕、有田富士夫
  野球学生の憧れ、大毎野球団
  「有田、横道、宮内省へ入れ」
  〝御真影〟を撮った写真館
第2章 皇室、宮内省の野球熱
  キャプテン・デンカ
  早慶戦のきっかけ
  早大野球部のアメリカ遠征と全国制覇
  早大らしからぬ紳士、泉谷裕勝
  早慶戦、冬の時代
  「主猟寮勤務ヲ命ス」
  明治の野球使節たち
第3章 小さなエースの「球道人生」
  函館の野球歌人、宮下勇
  「僕は落第を覚悟した」
  学業が主で、野球が従
  「煙草はやめるように努力しなさい」
  西に浜崎あり東に宮下あり
  早実野球部の北海道遠征
  〝番狂わせ〟で早実完敗
  「先生、何も食うものがありません」
  宮下勇の宮内省入り
第4章 天皇の野球チーム
  〝治安維持法〟前夜の身元調査
  親任官、勅任官、奏任官、判任官そして雇員
  「大内山」のスポーツ動向
  〝殿様軍〟デビュー
  「天皇の野球チーム」の〝本業〟
  「あんたはアカじゃないの」
  大宮人の大凱旋
  巨人対阪神、天覧試合までの長い道のり
  安田生命を破り二連覇
  勝てば赤坂、神楽坂の料亭へ
第5章 ブーム到来
  「天皇の野球チーム」の〝使命〟
  新調したユニフォーム
  職業野球対早大野球部
  天勝対芝浦、プロの戦い
  涙をふるって解散を決意
  対天勝野球チーム戦の真相
第6章 軍靴の響き
  大宮人たちそれぞれの終焉
  「おまえもすぐに大連にこい」
  逆ワインドアップ事件
  何のために満州にきたのか・・・・・・
  全国都市対抗野球の創設
  宮内省KC倶楽部
  〝ベースボール人生〟の蹉跌
  軍国主義の台頭
  「もっと軍務にご精励願いたい」
第7章 サムライたちの死
  「天下の浪人」泉谷裕勝の死
  「球道真勇居士」宮下勇の死
  「主人が宮内省に勤めていたんですか・・・・・・」
  「おれは天皇陛下に野球を教えた有田富士男だ」
  「女子プロ野球の監督をやれ」
エピローグ
  安部球場の終幕
  〝青春〟の終焉
証言「天皇の野球チーム」:三笠宮崇仁殿下特別インタビュー

大正期に、当時摂政宮だった昭和天皇の提言から、宮内省に設置された野球班のエピソードを中心に、当時の野球界のようすが描かれた一冊。本書が扱っているのはちょうど、1903年に第一回早慶戦がはじまり、1936年に日本職業野球連盟が創立された、その間の話。

巻末の三笠宮崇仁ら関係者へのインタビューも興味深い。宮内省野球班が名実とともに「天皇の野球チーム」だったのは、大正の終わり3年間、1923~1926年のことだったという。

早慶戦、女子プロ野球、天勝野球団などの話題のほか、六代目尾上菊五郎率いる「ナインスター」の話、たしか大昔に読んだ浜崎真二か誰かの伝記にも出てきていたかなあ。

[J0373/230614]