NHKブックス、2005年。

第1部 日露戦争と日本人捕虜
1 メドヴェージ村へ
2 明治論壇の一大議論
3 捕虜になった連隊長
4 体験記で読む捕虜生活
5 シベリア抑留とは雲泥の差
6 今に残る写真帖『配所廼月』
7 メドヴェージ村今昔記
8 釈放と帰還後の明暗
9 両国はなぜ厚遇したか
10 「戦陣訓」の萌芽
第2部 日露戦争とロシア人捕虜
1 七万人強の捕虜が日本へ
2 日本は捕虜を厚遇
3 厚遇のかげに
4 サハリンで、ロシア軍捕虜の殺害事件

日本軍や日本兵といったら一定のイメージがあるが、太平洋戦争時と日露戦争時では相当に違った行動や価値があったということを、ロシア兵の捕虜の扱いについて明らかにした労作。ごく一部での虐殺・虐待がなかったわけではないにせよ、日露戦争時は概して捕虜に対して厚遇がなされていたことを指摘。「第一次世界大戦から昭和初期までのほんの十五年足らずで、日本人の捕虜観は極端なまでにエキセントリックになっていった」(150)。

なるほどと思ったのは、敵軍の捕虜の扱いは、自軍兵士が投降することに関する価値観と裏表になっている様子。「降伏は恥」という観念が広がれば、捕虜の扱いも非人道的なものになりやすい。日露戦争時でも、捕虜への「寛容」が行きすぎると、日本兵が投降しやすくなって悪影響を及ぼすという議論はあったらしい。

おやっと思ったひとつの箇所。式場隆三郎が、二次大戦直後、身内のひとが捕虜になったことを聞いたことをきっかけに『俘虜の心理』という著書を著したという話。式場隆三郎は本当、いろんなところに出てくるなあ。

あれこれ文献も紹介されているので、メモ&デジタルコレクションのリンクを。下記にピックアップしたもの以外もまだまだ掲載されている。

陸軍大臣官房編『明治三十七八年戦役俘虜取扱顛末』(1907年)
別ヴァージョン
陸軍省編『軍事機密日露明治三十七八年戦役統計』(改題して『日露戦争統計集』)
銜翠居士編『配所廼月』(1907年):写真集
長谷川伸『日本捕虜志』(1955年)
棟田博『兵隊百年』(1968年)
才神時雄『松山収容所』(1969年)
才神時雄『ロシア人の捕虜』(1973年)
才神時雄『メドヴェージ村の日本人墓標』(1983年)
櫻井忠温『肉弾』(1906年):当時のベストセラーとなった戦争文学として。この著者にはほかにも、いろいろ参考になりそうな著書がある。
水野廣徳『此一戦』(1911年):写真入り
式場隆三郎『俘虜の心理』(1946年)

本ブログ記事中、関係するエントリーとしては、日清・日露戦争下の社会状況を描いた、大濱徹也『明治の墓標』

[J0353/230406]