中公新書、2020年。ウェーバー没後100年、彼の死因はスペイン風邪だったのも、今日の状況との奇妙な符合と言うべきか。ウェーバーの「哲学的・政治的プロフィールを描く」書とのことだが、もうひとつのテーマはウェーバーの読まれ方、受容史である。良書だとは思う。 基本概念も要所で取り上げている。だけど、新書でこのタイトルというので入門書を期待する初学者には、ちょっとつらいのではないかな。「ウェーバー学」の世界をも相対化して、全体にバランス感覚に富む。概念や理論の理解も妥当なところと個人的には受けとめた。

第一章 政治家の父とユグノーの家系の母
第二章 修学時代
第三章 自己分析としてのプロテスタントティズム研究
第四章 戦争と革命
第五章 世界宗教を比較する
第六章 反動の予言
終章 マックス・ウェーバーの日本

ウェーバーは、政治的リーダーシップを強調する立場から、比例代表制を批判していたが、佐々木毅を通じて日本の小選挙区比例代表並立制支持論にも影響したとか。著者の指摘は、今日における小選挙区制の「失敗」を前提してのことだろう。

これを知らずにいたのは僕の不勉強でもあるが、「鉄の檻」は「鉄のように硬い殻」ないし「外衣」と訳した方がドイツ語として適切とのこと(228)。

「アメリカでウェーバーが読まれる一つの文脈は、道徳の喪失というストーリーになる。こういった読みは、とりわけ保守的な思想と親和的である」(234)だとか、「ウェーバーのテキストは、「前近代」を批判しようとする研究者からすると「近代的」にみえ、近代に対して批判的に対峙しようとするポストモダニストからすると「ニーチェ的」に映る」(244)など、受容の問題もあれこれ指摘する。オリエンタリズム批判との関連も簡単に触れている。

本書は目くじらを立ててウェーバーの価値を主張する本ではないが、ウェーバーを相対化することを目的とする議論をも相対化しながら、安易なウェーバー批判をやんわりと斥けているところに好感を持った。

[J0046/200528]

今野元『マックス・ヴェーバー』(岩波書店、2020年)