Month: September 2021

金澤周作『チャリティの帝国』

岩波新書、2021年。

第一章 世界史における他者救済――イギリスの個性を問い直す
第二章 近現代チャリティの構造――歴史的に考えるための見取り図
第三章 自由主義社会の明暗――長い一八世紀からヴィクトリア時代へ
第四章 慈悲深き帝国――帝国主義と国際主義
第五章 戦争と福祉のヤヌス――二〇世紀から現在へ

イギリスの近現代史を覗いても、また街々を歩いてみても感じられるのは、この国におけるチャリティやフィランスロピー(慈善事業)の存在感の大きさ。どの街でも、チャリティ・ショップが日本のコンビニくらいあって、しかも目抜き通りにだったり、どうやって経営が成り立っているのかいつも不思議。

金澤さんは『チャリティとイギリス近代』からこの主題を追究していて、そちらも大いに啓発的だった。この最新刊には「戦争と福祉のヤヌス」という章があるけれども、いわばこの書全体の主題が「帝国と慈善のヤヌス」。歴史家らしく、しっかり慈善事業の「裏の顔」を暴いている体だけど、やっぱり最後の最後にはチャリティの可能性に惹かれているようすで、僕もそこはそう、チャリティ志向はイギリス社会最善の部分のひとつと感じる。

これも僕の積年の疑問として、チャリティ帝国のイギリスが、なぜか戦後には福祉国家としてNHSを産み育てたというところ。著者の解釈は、戦後40年はチャリティが低調な時代で、また新自由主義時代に入ってその熱が高まってきたというもの。それはそうなんだろうけど、まだイギリス社会の福祉国家的側面の謎は残っている。

最近読んだ本のなかでは、武田尚子『チョコレートの世界史』(中公新書、2010年)が、イギリスの覇権と慈善事業というキーワードで共通していて、この書と並べて読んでも良さそうだ。

[J0198/210915]

R.マッカチョン『宗教を研究する』

Russel T. McCutcheon, Studying Religion: An Introduction, 2nd edition, London, Routledge, 2019. 第一版は、2007年。ざくっと眺めただけど、なかなかおもしろそうだったのと、巻末の人物紹介が有益と思ったので、この記事を書こうかなと。

第二版のための前書
イントロダクション:宗教研究とは何か
1. 名前の下にあるものとは?
2. 「宗教」の歴史
3. 宗教の諸本質
4. 宗教の機能
5. 諸宗教のあいだの類似性
6. 宗教についての公的な諸言説
7. 宗教とインサイダー/アウトサイダー問題
8. 宗教と分類
あとがき
ジョナサン・Z・スミス「必要な嘘:諸学における欺瞞」
K・メリンダ・シモンズ「誠実は最高の教育」
用語集
研究者たち
参照文献
資料
索引

この本は、あれこれの宗教に関する入門書ではなくて、あるものを「宗教」と名づけることはどういうことなのか、そこにはどういう問題があるのか、という問題を扱った入門書。いわゆる脱構築の話ってむだに(?)難解なことが多いが、この書はたとえ話をたっぷり使って平易に書いてある印象。邦訳があるといいな。自分ではしないけど。

巻末に、70ページにおよぶ、主要な宗教研究者のリストと解説があって興味深かったので、列挙と一部メモ。

  • Willam E. Arnal: キリスト教の起源の問題を社会理論の立場から扱う。
  • Talal Asad
  • Catherine Bell (1953-2008): 儀礼論と方法論。
  • Pascal Boyer
  • Willi Braum: 起源問題の社会理論、神話やレトリックの社会的・政治的機能、歴史理論。
  • Wendy Doniger: インド研究が基礎、人間主義的アプローチ。
  • Mary Douglas (1921-2007): マッカチョンはダグラスに大きな影響を受けているようで、この本は彼女に献げられている。
  • Daniel Dubuisson: フランスにおける宗教概念批判論の担い手のひとり。
  • Emile Durkheim (1858-1917)
  • Diana L. Eck: 宗教間対話について仕事。
  • Mircea Eliade (1907-86)
  • James G. Frazer (1854-1941)
  • Sigmund Freud (1856-1939)
  • Clifford Geertz (1926-2006)
  • Eddie S. Glaude: デューイ研究、アフリカ系アメリカ人の宗教史。
  • David Hume (1711-76)
  • William James (1842-1910)
  • Kim Knot: ヒンドゥー教、新宗教運動、世俗主義や宗教間対話。この書でもかなり重要性が与えられているかな?
  • Bruce Lincoln: 神話や儀礼、宗教概念批判論の立場から。
  • Burton L. Mack: 初期キリスト教や正典。
  • Martin Marty
  • Karl Marx (1818-83)
  • Tomoko Masuzawa
  • F. Max Mueller (1823-1900)
  • Rudolf Otto (1869-1937)
  • Hans Penner (1934-2012): エリアーデの同僚として、神話や儀礼を研究。
  • Friedrich Schleiermacher (1768-1834)
  • Ninian Smart (1927-2001)
  • Huston Smith (1919-2016): 世界の諸宗教や宗教間対話。
  • Jonathan Z. Smith (1938-2017)
  • Wilfred Cantwell Smith (1916-2000)
  • Herbert Spencer (1820-1903)
  • Rodney Stark
  • Paul Tillich (1886-1965)
  • Edward Burnett Tylor (1832-1917)
  • Gerardus van der Leeuw (1890-1950)
  • Max Weber (1864-1920)
  • Ludwig Wittgenstein (1889-1951)
  • Linda Woodhead

入門書で誰を取りあげるかって、本当に「政治的」な営みだと感じる。誰が挙げられているかに加えて、誰が挙げられていないかを確かめてみるのも一興かも。たとえば、現代宗教社会学からはあまりエントリーがないけれども、なぜかロドニー・スタークとリンダ・ウッドヘッドの名前が挙がっている。マルクスはあっても、トレルチはない。スペンサーはあっても、コントはない。ダグラスは推されていても、へネップとかターナーとかもない。認識の問題関係で、ヴィトゲンシュタインを入れるなら、レヴィ=ブリュールやグラネあたりがあっても良いというのが正論のはずなんだけど、まあ入れないよね。立場のちがいを説明するのが面倒だろうしね。
[J0197/210911]

レン・マスターマン『メディアを教える』

宮崎寿子訳、世界思想社、2010年。原著は結構古く、1985年。高校情報の教科書を眺めていたら、なぜかこの本が紹介されていたので覗いてみた。以下、抜き書きメモ。

第1章 なぜ教えるのか
第2章 どう教えるか
第3章 どう教えてはいけないか
第4章 メディアを決定づけるもの
第5章 レトリック
第6章 イデオロギー
第7章 オーディアンス
第8章 メディア・リテラシー教育の未来

「情報の供給者と消費者との間にこそ、最大の不平等が存在するのである」;「メディア・リテラシー教育は、自己の利益のために情報を創り出す者と、それをニュースや娯楽として素朴に消費する者との間に存在する知識と権力の大きな不平等に挑んでいくために教師や学生が持っている、数少ない手段の一つなのである」(17)

「メディア教育者は、学生に理解してもらいたいと思う主要な概念を列挙してみるとよい」(32):イデオロギー、非言語的コミュニケーション、ジャンル、アンカレッジ(係留)、レトリック、優先的意味、リアリズム、明示的意味と暗示的意味、ナチュラリズム、ディスコース、構築、脱構築、選択、オーディアンスの配置、神話、オーディアンスのセグメント化、流通、ナラティヴ構造、媒介するもの、快楽、リプレゼンテーション、符号/符号化(シニフィアンとシニフィエ)、主体性、情報源、コーディング/エンコーディング/ディコーディング、参加/アクセス/コントロール。

構成されたものとしてのメディアを検討すべき一般領域(29-30)。
(i) メディアを構成する資料、情報源、決定要因
(ii) メディアの表象が真実だと確信させるために用いられる、主要な技法と記号化
(iii) メディアが構成する「現実」の性質、メディア表現に含まれる価値観
(iv) オーディアンスがメディアの構成物をどのように読み解き、受け取っているか

「次のような修辞的技法に関する知識は、メディアがどのように意味を作り出しているのかをクリティカルに意識化する際、あらゆる年齢の学生の役に立つものであり、おそらく各教科でのメディア・リテラシーの基本となるものである」(157):1 選択 2 映像証拠の曖昧性の活用(イメージのレトリック) 3 イメージと言語テクストの結合 4 カメラ、クルー、レポーターの存在や影響の抑制 5 セッティング 6 フィルムと音声の編集 7 解釈の枠組み 8 視覚的規則 9 ナラティヴ。 

「政治とメディアとの関係を十分に説明するためには、以下について確認することが必要である」(234)
(a)メディアと政府との間に存在する真の緊張
(b)政府内部に存在する緊張
(c)メディア内部に存在する分裂
(d)支配的イデオロギーが、ひんぱんに被支配者集団の利益に訴えかけるように見える事実

巻末に付されている教材資料の中から。
「フットボール・ゲーム」:「サッカーとそれを取り巻く活動について、多様な見解を編集しフィルムを制作する。これには各グループが利用できるように、40のセルティック対アベルデンのゲームのスライドとビデオ教材、20枚の写真が印刷されたシートが含まれる。スコットランド・フィルム・カウンシルより」(370)

[J0196/210905]