Month: August 2022

人間の記録双書26冊

森伊佐雄『漆職人の昭和史』を読んでいたら、森氏もそこから本を出したとかで、昭和30年代に「人間の記録双書」という庶民の自伝シリーズが出版されていたことを知る。

調べていたら、教育社会学の舞田敏彦さんがブログに情報をまとめていてくれて、ありがたし。書誌だけ転載させてください。
舞田さんの記事はこちら。

『ジャーナリスト:新聞に生きる人びと』酒井寅吉,1956
『谷間の教師』水野茂一,1956
『広島商人』久保辰雄,1956
『生きて愛して演技して』望月優子,1956
『開拓農民』狩野誠,1957
『靴みがき』和田梅子,1957
『検事』歳森薫信,1957
『芸者』増田小夜,1957
『詩人』金子光晴,1957
『昭和に生きる』森伊佐雄,1957
『日本中が私の劇場』真山美保 ,1957
『ふだん着のデザイナー』桑沢洋子,1957
『不良少年』西村滋,1957
『町田大工』稲葉真吾,1957
『ゆりかごの学級』岸本英男 ,1957
『ある日本人』中野清見,1958
『看守』板津秀雄 ,1958
『草分け運転手:自動車と五十年』高橋佐太郎,1958
『主婦』大村重子,1958
『中国のなかの日本人:第1部』梨本祐平,1958
『中国のなかの日本人:第2部』梨本祐平,1958
『被告:松川事件の二十人』佐藤一,1958
『広場で楽隊を鳴らそう』服部正,1958
『港の医者』片山碩夫,1958
『セールスマン:ミキサーからテレビまで』堀誠 ,1959
『父の自画像:PTAの周辺』中森幾之進,1960
『薄明の記憶:盲人牧師の半生』熊谷鉄太郎,1960

2013年の時点で、国立国会図書館がこういう記録をデジタル公開してくればという舞田さんの希望、まさについ最近、叶いました。一部、個人送信サービスに提供されていないものもあるけれど、多くは閲覧可能。

>NDL ONLINE「人間の記録双書」

[J0284/220813]

サトウタツヤ『臨床心理学小史』

ちくま新書、2022年.

はじめに
第1章 臨床心理学の成立まで
1 心理学の長い過去(一)──中世まで
 一万年前──魔術医とシャーマニズム
 ギリシャの考え方
 イスラム圏の考え方
 中世の魔女狩り
2 心理学の長い過去(二)──近世~近代
 用語としての心理学
 身体の理解の深まりとカントショック
 魔女狩りから動物磁気へ
 催眠と二重人格
3 必須通過点──近代心理学の成立
 精神物理学
 進化論と民族心理学
 一八七九──ヴントと心理学実験室の整備
 アメリカにおける心理学の発展──ヘヴン・ジェームズ・ホール
4 ウィトマーと心理学クリニック
 ウィトマーと研究
 場所としての心理学クリニック
 雑誌としての心理学クリニック
 一八九六年頃の出来事
第2章 成立後の臨床心理学
1 生後の環境を重視する精神分析の誕生
 フロイトの考え方とアメリカでの受容まで
 フロイトを受け入れたアメリカの文脈──精神衛生・臨床心理学
 精神分析のひろがり──学派の形成と対立
 フロイトが臨床心理学に与えた影響
2 子どもの状態を実際に把握する知能検査の誕生
 個性や個人差の把握と心理学
 フランスにおける公教育
 ビネの知能検査
 IQの光と影
3 行動主義という逆転の発想──行動療法の萌芽
 玄人好みの行動主義
 生理学と心理学の接点としてのパブロフの犬
 ワトソンの行動主義と新行動主義の展開
 行動療法の萌芽──実験神経症、アルバート坊や実験、常同行動(誤 った随伴性)など
4 二つの世界大戦の影響(特にアメリカ)
 兵士の精神衛生
 砲弾ショック(戦争神経症)
 アメリカ陸軍のアーミーテストと個人データシート
 ルリヤによる脳損傷兵士のリハビリテーションと神経心理学
第3章 臨床心理学の多彩な展開
1 児童への関わりや見方と/の心理学
 職業指導ガイダンスと少年非行への対応
 児童相談におけるサイコロジスト
 子ども観の噴出──ヴィゴーツキー・ピアジェ・ビューラー
 子どもの異常行動への行動主義的介入
2 精神医学における進展
 脳地図、脳波
 集団心理療法や自助グループの始まり
 自閉症の提唱──アスペルガーとカナー
 フロイトの精神分析理論の展開
3 性格理論の深化、心理検査の展開
 性格の類型論
 性格の特性論
 ロールシャッハと投影法
 神経心理学的検査という発想
4 臨床実践の心理学化
 カウンセラーとクライエント
 「心理療法の新しい諸概念」を講演
 中核条件、録音、訓練用画像
 ロジャーズの遺産──エンカウンター・グループ
第4章 臨床心理学の成熟
1 ホスピタリズム・実存主義──退役軍人支援からの制度化
 強制収容所サバイバー『夜と霧』
 戦災孤児の境遇から理解できること
 制度としての臨床心理学の進展──科学者─実践家モデル
 実践と研究における倫理
2 精神医学の動向──精神分析、向精神薬、操作的診断
 精神力動論・精神分析の輝き──ユング心理学・アイデンティティ理論
 向精神薬の発見とその余波
 操作的診断基準
 同性愛が病気でなくなった過程
3 心理療法の効果
 アイゼンクの効果研究とそれへの反論
 ケース・フォーミュレーションの萌芽
 心理療法の効果
 経験的に支持された処遇
4 ストレス・PTSD・PTG
 セリエの〝汎適応症候群〟
 ストレス概念の心理学化──ソーシャル・サポートとコーピングの取り入れ
 トラウマとストレス、心的外傷後ストレス障害(PTSD)
 PTSDの治療法とレジリエンス
第5章 臨床心理学の新展開
1 心理療法の多様な展開
 芸術療法──芸術の力を活かした心理療法
 ミルトン・エリクソン『短期催眠療法の特殊技法』
 行動療法の展開──スキナーとアイゼンクの貢献
 家族療法──アッカーマン『家族生活の精神力動』
2 論理療法・認知療法から認知行動療法へ
 論理療法・認知療法
 セリグマンの学習性無力感、バンデューラの自己効力感
 行動療法の広域・狭域の争い
 マインドフルネス──認知行動療法の第三世代
3 発達
 適応と社会との関係の再構成
 注意欠陥障害と学習障害の提唱
 コミュニティ・予防
 人種とジェンダーに心理学はどう関わるか──生得的か社会的か
 自閉症と心の理論
4 統合への気運の高まりとグローバル時代の臨床心理学
 統合アプローチの萌芽
 短期心理療法の展開
 心理士による投薬、精神科医による対話
 多文化心理学、ポジティブ心理学
第6章 日本の臨床心理学史
1 黎明期から混乱・衰退期へ
 前史──江戸時代末期まで
 黎明期──元良勇次郎による精神遅滞児の注意訓練
 揺籃期──催眠の流行
 混乱期──福来友吉による透視・念写騒動
2 活性化期から停滞期へ
 上昇期──知能検査への期待
 活性化期──雑誌『変態心理』創刊、森田療法の提唱
 戦忙期──傷痍軍人リハビリテーション
 休止期(戦閑期)──国破れて山河あり
3 知識流入・自立期から挫折期へ
 知識流入期──GHQによる教育の科学化と心理学
 アメリカかぶれ? 心理学ブームが巻き起こる
 組織化模索期──日本臨床心理学会
 挫折期──資格化が社会の大波をかぶって頓挫
4 再生期・国家資格の整備へ
 社会的ブーム──『モラトリアム人間の時代』
 制度化期──日本心理臨床学会設立、日本臨床心理士資格認定協会
 社会化期──阪神・淡路大震災とPTSD
 公認心理師の成立
 おわりに 謝辞もこめて
 主要参考文献

類書のある・なしはわからないが、心理学でも臨床心理学に焦点を当ててざっと概観をした本として有益。とにかく見渡す目的に。基本はざっとした記述なのだが、ちょこちょこと、妙な豆知識が入っているのも印象に残る。

[J0284/220809]

斎藤貴男『カルト資本主義』

増補版、ちくま文庫、2019年、もとは1997年。

文庫版序章 カルト国家の愛国・道徳オリンピック狂騒曲
第1章 ソニーと「超能力」
第2章 「永久機関」に群がる人々
第3章 京セラ「稲盛和夫」という呪術師
第4章 「万能」微生物EMと世界救世教
第5章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
第6章 ヤマギシ会―日本企業のユートピア
第7章 米国政府が売り込むアムウェイ商法
文庫版最終章 「カルト資本主義」から「カルト帝国主義」へ

日本企業や経営者におけるオカルトやスピリチュアルなものとの結びつきを暴いていく。「カルト資本主義」という表現にはいまいちピンとこないし、内容的もかなり雑多であるけども。統一教会との結びつきまでは書いてはいないが、文庫本最終章が安部晋三への言及で締めているところは示唆的。

どこまで本当か、確かめが必要な気もするが、稲盛和夫はヒトラーを評価していたとか。谷口雅春にも影響されていたと。

斎藤氏が挙げる、カルト資本主義の特徴。
(1)オカルト的な神秘主義
(2)西洋近代文明の否定、エコロジーの主張
(3)個人の軽視、全体の調和の重視
(4)情緒的・感覚的
(5)バブル崩壊後に急速に台頭
(6)企業経営者や官僚、保守系政治家らが中心的な役割
(7)無我の境地のような個人の生活信条を普遍的な真理とする
(8)現世での経済的成功を重んじる
(9)優生学的な思想傾向
(10)学歴などに対する権威主義
(11)民族主義的

つまり、現実の社会システムに異を唱えるようにみせかけながら、どこまでも市場原理のメカニズムに乗じてその問題を拡大強化するものだと(418)。なるほど。

さらに続けて、2019年現在の話として。「消えたものもあれば、相変わらずのものもある。より隆盛を極めているものもなくはないが、さほどの勢いを感じないのは、本書の主人公とも言うべき船井幸雄がすでに世を去り、稲盛和夫が第一線を退いたためばかりではない。すなわち、企業社会の労働現場はもはや、オカルトの味付けを必要としなくなった。この間に徹底された新自由主義イデオロギーに基づく経済・社会政策と、これに伴う弱者を蔑視し、差別する意識や言動の蔓延、さらにはそれこそが正義と見なされる時代が到来してしまった以上、従順さは組織内で生き延びる絶対条件だ。本来の「忠誠心」とは異なるが、使役する側にとっての不都合が大きくなければ、それで構わないのである」(418-419)。

これらをバブル崩壊以後に特異な現象と捉える見方にジャーナリスト的な誇張はあるにせよ、まちがいなくひとつの「現実」ではある。もう少し広い近代・現代日本史のなかに、これらの思潮をどう位置づけるべきかという問題意識を湧き立たせる内容。

[J0283/220807]