Month: August 2022

立花隆『サピエンスの未来』

講談社現代新書、2021年。

目次
すべてを進化の相の下に見る
進化の複数のメカニズム
全体の眺望を得る
人間の位置をつかむ
人類進化の歴史
複雑化の果てに意識は生まれる
人類の共同思考の始まり
進化論とキリスト教の「調和」
「超人間」とは誰か
「ホモ・プログレッシヴス」が未来を拓く
終末の切迫と人類の大分岐
全人類の共同事業

1996年の東京大学での講義をもとにした本という。8割がた、テイヤール・ド・シャルダンの紹介のような内容で、立花隆がこんなにシャルダンに入れ込んでいたとは知らなかった。そういえば、30年前に読んだ『宇宙からの帰還』にも精神圏の話なんかがあったような気もする。

シャルダンはいわゆる科学の枠組みに収まらないところがあり、昔ブームだった人と思われているかもしれないけど、最近よく読まれているあれこれの人類史よりはずっと興味深いと思う。

[J0287/220815]

高橋佐太郎『草分け運転手』

副題「自動車と五十年」、平凡社、1958年。「人間の記録双書」の一冊。

上京
 木札の運転免許証
 エンジン年生れの男
 父のくれた大型銀貨
草分け運転手
 星子さんに弟子入り
 塩原で乗合バス
 ハイヤー運転手
 金ピカ服着せられて
 ビール王と花柳界
 たった今クビだ
 ズウズウ弁の高橋
 吉原細見
 仲之町芸者栄太郎
 金沢で自動車問答
 仮祝信
 世も明治
独立開業
 熱海へ初ドライヴ
 粋な大正運転手
 貸切自動車開業
 独立・結婚
 商売繁昌
 侯爵の使者
 しのびよる危機
 新天地への夢
帰郷
 関東大震災
 東京よさようなら
 無資本でバス開業
 無尽の金が命の綱
 ストライキ寸前
 バス経営七周年
 自動車父子二代
自動車よ信号は青だ
 高嶺の花
 日産からの誘い
 終戦
 GHQで情報キャッチ
 六十一歳の抵抗
 国産車販売に専念
 トヨタ精神
 月賦時代の到来
 渡米前夜
 アメリカの自動車界
 生れてはじめての大病
 待てど来ぬ神武景気
 自動車よ信号は青だ
年譜・高橋巌
あとがき・高橋功

高橋氏の人生は、きれいに三部構成になっているようで、東京での運転手時代、帰郷しての盛岡バス創業時代、ディーラーとしても活躍した時代と。1885年に、現在は北上市となった鬼柳村に生まれ、後上京。貿易商箕田長三郎やビール王馬越恭平のお抱え運転手を務める。1924年には岩手に戻って市街バス事業を開始する。

読んでいておもしろいのは、運転手時代。大正時代は、自動車運転手は使用人でありながら、芸能人のような人気だったそうな。高橋氏は容姿もよかったらしく、運転手時代の記述は半分ぐらい花柳界の話である。

『草分け運転手』NDL ONLINE
>「人間の記録双書」について

[J0286/220813]

森伊佐雄『漆職人の昭和史』

新潮社、1992年.

1 柿渋作り
2 森塗師屋の看板
3 老職人・黒瀬常次郎
4 里子、里親
5 機械場女ゴ 米屋製糸場
6 生母の死
7 古川尋常高等小学校
8 満州事変熱
9 弟子奉公
10 木地師の弥四郎さん
11 進学断念
12 郷土の偉人・吉野作造
13 髹漆(きゅうしつ)
14 初めての印半天
15 漆掻きの権六さん
16 徳也つぁんの戦病死
17 職人とは何ぞや
18 我流「漆工の歴史」
19 常さん去る
20 タンス塗り
21 召集令状
22 軍隊日記から
23 常さんの死
24 中島飛行機尾島工場へ
25 現場配属になる
26 塗装工場にて
27 学徒勤労報国隊
28 神風褌
29 工場の夕食
30 太田市空襲
31 疎開工場建設隊
32 帰郷
33 シガレットケース作り
34 私の結婚
35 森塗師屋の再出発
36 嗚呼 漆かぶれ
37 旧友佐々木のこと
38 祝儀樽塗り
39 中国産漆のこと
40 塗師屋の妻
41 我流夫唱婦随
42 「天皇陛下」私見
43 当世職人気質
44 欅の木目

1922年、宮城県古川に塗師の家に生まれて、軍隊生活を経て、職員として活きた筆者の一代記。古川の町の様子、職人たちの生活、戦時下の雰囲気、兵隊たちの会話、敗戦後の建て直しなど、読みどころは多い。

個人的にとくに印象に残ったのは、昔ながらの職人であった常さんの真摯な生き様。「常さんが仙台に帰ったあと、栄助大工さんが、「職人ってはかない稼業だちゃな。八十まで骨身を惜しまず働いても自分の家一軒建てられねいものしゃ」しみじみといった」(110)。

本筋にあまり関係ないが、敵国の死者の扱いについて情報を集めているので、メモ。著者が、軍需工場に招集されて働いていた群馬県太田市での空襲のときの話。「B29墜落現場に敵愾心に燃えた付近の住民が、鍬や竹槍などを手に続々と集まった。いち早く腕章を巻いた憲兵数人が監視警護していたが、憲兵はいきり立つ住民のなすがままにし、黒こげの米軍操縦士の死体を踏ませたり、足蹴にさせたりした。「この野郎っ」「ヤンキー、いいざまだ」 子供たちまで大人の後から遺骸に向かって石を投げつけた。ところが、その夜、夜陰にまぎれ米兵の冥福を祈って手向けたのか、野の花二、三茎をひそかに供えていった〝非国民〟がいたという。激怒した憲兵隊が、その献花犯人を躍起となって探索したが、発見することができなかったそうである」(169-170)

ディティールはしっかりしているし、冷静さを失わない筆致でさらっと読めるのが逆にただものではないと感じたが、1957年に「人間の記録双書」からやはり自伝を出して、鶴見俊輔の賞賛を受けたことがある人なのだという。

「人間の記録双書」について
森伊佐雄『昭和に生きる』(1957年)NDLデジタル配信
森伊佐雄『応召兵』(1944年)NDLデジタル配信

[J0285/220813]