Month: September 2022

酒井信雄『日本人のひるめし』

中公新書、2001年。2019年に吉川弘文館から復刊されている模様。

第1章 「ひるめし」の誕生
第2章 弁当の移り変わり
第3章 給食と食生活への影響
第4章 外食の発達
第5章 「ひるめし」と麺類
第6章 国民食のカレーライス
終章 「ひるめし」の行方

著者がプロの研究者ではないことが良く働いている面もあって、さらっと読める。雑学的におもしろい話、気づきのある話も多い。典拠はひととおり示しているので、そこは安心。

日本の外食は江戸時代からはじまったとあるが、直感としてはそれはないだろうという気がする。ほんとうに中世に外食はなかったのだろうか? ただ、外食を卑しむ意識がかなり重要な規制として働いてきたことはありそうだ。現代の話としても、いま住んでいる松江では、卑しまれることこそないけども、他の都市に比べると外食は「ふつうではない」といううっすらとした雰囲気を感じるときがあるのだな。それは、町のつくりや店のたたずまいから感じられる雰囲気で、立ち食いそばや牛丼屋などが立ち並ぶ、東京などとはちがう感じ。

[J0293/220912]

藤木久志『戦国の村へ行く』

朝日新書、2021年。1997年に刊行された本の再出版。解説・校訂清水克行。

1 村の戦争
 戦場の荘園の日々―和泉国日根荘
 村人たちの戦場
 戦場の商人たち
2 村の平和
 荘園の四季
 村からみた領主
 村の入札
3 中世都市鎌倉
 鎌倉の祇園会と町衆

「1 村の戦争」では、領主や大名とたくましくやりとりをする村人たちの様子を描く。その記述でこの本は有名だとおもうが、より感銘を受けたのは「2 村の平和」。中世の年中行事を資料から復元して、近代のそれとも比較する。ひとことに「伝統的な年中行事」とは言うけれど、散発的にではなく、実際にこのように中世にその様子を辿る仕事ってなかなかないのでは。近世まではそこそこありそうだけども。柳田國男が泣いて喜ぶよ。「3 中世都市鎌倉」では、中世後期に鎌倉は「散村」になったという見方に抗して、生活・文化の歴史的連続性を辿っていく。

いくつかメモ。

「かけこみ寺」「公界」としての寺社も、戦国の終わりになると大名たちに治外法権の立場を奪われるようになるらしい。同時に、大名の城が民衆の避難所としての役割を強めていくという。(97-98)

中世の人びとは、「天下の将軍にも、荘園の領主にも、それぞれ固有の職責があるとみて、イザという時、その遂行を強く求めていた」(174)。16世紀はじめ、和泉国日根荘、正月に行われていた「吉書始め」(145)。それは「領主と村の百姓たちにとって、年のはじめに、領主が勧農を、百姓が年貢を守るという誓いを新たにする大切な場であった」(145)。あるいは、領主の代替わりの際につくったという、起請文(182)。こうした役の体系に近いような観念が、中世の遅くない時期にはすでにあったと。ふむ。

[J0292/220908]

島村一平『憑依と抵抗』

副題「現代モンゴルにおける宗教とナショナリズム」、晶文社、2022年。

第1部 グローバル世界を呻吟する
1.シャーマニズムという名の感染症
2.地下資源に群がる精霊たち
3.憤激のライム
コラム あるマンホール・チルドレンとの出逢い

第2部 社会主義のパラドクス
4.秘教化したナショナリズム
5.社会主義が/で創造した「民族の英雄」チンギス・ハーン
6.呪術化する社会主義
コラム 深夜の都市でボコられる

第3部 連環する生と死
7.シャーマニズム、ヒップホップ、口承文芸
8.生まれ変わりの人類学
コラム 古本屋のB兄

第4部 民族文化のゆくえ
9 コスプレ化する民族衣装
10 モンゴル化”する洋装と匈奴服の誕生

「遊牧民」の幻想を離れた、現代モンゴル文化の諸相を描く。前半のテーマは、2000年代に大規模に生じて、2010年代半ばには縮小しているという、シャーマニズム・ブーム(本書はそういう言い方をしていないが)。それ自体は伝統的とは言いがたいが、シャーマンの地位が「おじい様」や「おばあ様」と、年齢階層と混合するかたちで表現されたり、ルーツからものごとを説明する災因論については、社会的基盤を有しているという図。

「社会主義による世俗化とは、実は宗教や近代の「呪術化」だったのではないだろうか」(223)。「社会主義時代、宗教の制度化された部分(寺院、経典、宗教的職能者など)が公的空間から排除された結果、仏教は、呪術的な部分(観念を含む)に特化して社会空間の中で生き残っていったということである」(309)。

あるいは、モンゴルの「民族衣装」デールの晴れ着化という主題。また、従来のデールを中国から押しつけられた「満州デール」だとして、反中を象徴する「匈奴(フンヌ)デール」が台頭してきているという。中国は中国で、おなじく清朝時代様式のチャイナドレスを避けて、しかも結果としてこうして再発見された「漢服」は、匈奴デールとよく似たデザインなのだという。

世俗化や社会主義をめぐる議論にしても、逆張り的な主張にみえるが、モンゴル社会は実際に、西洋的な標準からすれば「ねじれて」みえる歴史的経緯を辿ってきているのだろう。

[J0291/220903]