Month: December 2023

児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』

衝撃的なレポート。そうか、「死の医療」の世界は、この10年ないし15年で完全に新しい段階に入ったのだね。なにか一線を越えたようだ。ちくま新書、2023年。

序章 「安楽死」について
第1部 安楽死が合法化された国で起こっていること
第2部 「無益な治療」論により起こっていること
第3部 苦しみ揺らぐ人と家族に医療が寄り添うということ
終章 「大きな絵」を見据えつつ「小さな物語」を分かち合う

イギリス緩和ケアにおけるリバプール・ケア・パスウェイの問題をいち早く、きちんと紹介していたのもほとんど著者だけだったように思うが(『死の自己決定権のゆくえ』)、世界における安楽死の最新動向をたどったこの書の記述もきわめて有益。

日本では、2016年の相模原事件や2019年の京都ALS患者嘱託殺人が議論され、2018年にはNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」が波紋を呼んだが、こうした動きの背景には、世界的な安楽死の合法化・非罰化の動きがあったと考えるべきことが本書から分かった。いま世界各地で、緩和ケアと安楽死の混同が進んでおり、臓器移植の推進もまたそこに絡んでいるとのこと。「その人にとって無益な治療」という議論もまた、「治療をするに値しない無益な患者」という議論に横滑りしつつあると。

第三部では記述のトーンが変わって、障害のある娘をもつ著者自身の体験を織り交ぜた話になっていくが、安楽死の問題を長らく追究してきた著者だけに、日本社会における医療の世界と生活の世界のずれや、安楽死の問題の受容に関して、言葉にしにくい「現実」をうまく言語化してくれている。

これだけていねいに問題をすくい上げてくれる本があって、しかし今の日本社会のなかで、安楽死のことを慎重に捉えなおすこの立場に関してどれだけの共感を得ることができるだろうか? 第三者的にものを言うばかりでなく、著者とともに理解を広げる動きの一端を担いたいと思っているが、その一方でこうした疑問もまた、不安とともに浮かんできてしまうのだ。

[J0438/231221]

浅見雅一『キリシタン時代の偶像崇拝』

論文を本にまとめたもので、専門的すぎて読めていない章もあるが、あれこれ興味深い。東京大学出版会、2009年。

序章 偶像崇拝とは何か
第1章 倫理神学上の偶像崇拝―ナバーロとスアーレスの議論
第2章 日本人キリシタンの行動規範―ロドリゲスの偶像崇拝論
第3章 主従関係と殺人の論理―ヴァリニャーノとゴメスの偶像崇拝論
第4章 聖職者の倫理をめぐって―ある内部告発文書の分析
第5章 迫害下の信仰告白―偶像崇拝論からの独立
第6章 典礼問題に与えた影響―ルビノの偶像崇拝論
終章 日本の偶像崇拝論の特質

「聖トマスのキリスト教」について。

「カトリック教会においては、キリスト教の十二使徒のひとりである聖トマスがペルシャを経てインド西北部のガンダラに到着し、さらにクランガノールにおいて七つの聖堂を建立した後に東海岸にまで到達し、そこで没したという伝説がひろく信じられていた。・・・・・・それゆえ、インド西海岸には聖トマスから受洗した者達の子孫である「聖トマスのキリスト教徒」が存在すると信じられていた」(79-80)。フランシスコ・ザビエルによる確認後、「日本には聖トマスのキリスト教徒が存在しないという事実は、日本人の宗教や信仰がキリスト教とは本質的に無関係であると見なせる要因になった」(80)。こうした認識が、日本での布教戦略の基礎をなしていたと。

僕自身は、星野博美さんの『みんな彗星を見ていた』から知ったキリシタンの様子、つまり、しばしば進んで殉教を望み、それが為政者や非信者には不気味とされたという様子について、本書でもちゃんと説明されている。学説史的には、姉崎正治がすでに、殉教のための準備教育が存在したことを指摘しているらしい。また、「山本博文氏は、日本人のキリシタンが殉教を切腹に似た感覚で捉えていたことを指摘している」とのこと。

これらの議論を受けて。「日本人の殉教は、ヨーロッパ人の宣教師達の教えに従って決意したという性質のものではなかった。彼らは、宣教師達に決して引き込まれて殉教したのではなく、きわめて主体的に殉教を選択した。信仰告白に対するゴメスの議論は、むしろヨーロッパ人の宣教師達が日本人の一般信徒を殉教に引き込むことを戒めていると見ることさえ可能である。日本人の殉教に信仰とは別の意図があったとするものではなく、彼らにはヨーロッパ人の宣教師達とは別の意味で殉教を受け入れる素地があったと言えよう」(280)。

「キリスト教が権力に反する存在であったので、迫害を受け、殉教者が輩出したのではない。それならば、ヴァリニャーノやゴメスの議論によって、キリスト教が日本の体制を脅かす危険思想ではないと主張することが教会には可能であったはずである。むしろ、キリスト教は、迫害を受け、殉教者が輩出したことによって、幕府権力に反する存在であると認識されるようになったと考えられる。当初の殉教が偶発的なものであったとしても、殉教が起きた結果、キリスト教が体制を揺るがしかねない危険思想と見なされるようになったのである。・・・・・・日本人のキリシタンが処刑をキリストや聖人に対して殉ずるものと捉えていることに気付いたので、幕府は、日本人のみならずヨーロッパ人の宣教師達をも殉教させずに棄教させるよう方針を転換させたと考えられる」(340-341)。

多くの偶像破壊をともなったインドにおける布教戦略に対して、日本ではイエズス会がとったのは、適応主義的な戦略であった。著者曰く、「イエズス会によって確立された基本方針が日本人の殉教者と潜伏キリシタンを生み出す素地を形成したのであれば、日本における適応主義の実践は大きな成功を収めたと言えよう」とのこと(341)。

[J0437/231217]

高山文彦『生き抜け、その日のために』

原爆を落とされた浦上は、キリシタンと被差別部落民が住んでいた土地であった。その複雑な問題に切り込んだノンフィクション。副題「長崎の被差別部落とキリシタン」、解放出版社、2016年。

第1部 原爆が投下された/水平社のまぼろし/生きていく青春/破戒/キリシタン弾圧と解放運動の出発
第2部 救世主あらわる/運命の浦上天主堂/真実を見よ
第3部 めぐり会った両者/幸いなる再会/神父

長崎に部落解放運動の組織をつくった磯本恒宣、スペインから来日し、二十六聖人記念館の初代館長となった結城了悟(もとの名はディエゴ・パチェコ)、磯本を継いで被差別部落とキリシタンの和解を模索した中尾貫を中心的に取り上げている。

歴史の裏に隠されがちな、複雑で底の深い問題を取り上げた一冊で、どうやらあまり類書もなさそうである。それだけに、典拠があちこち明瞭ではなく、記述も散漫な印象であるのがまったく惜しい。

[J0438/231216]