Month: July 2024

奥村隆『他者といる技法』

副題「コミュニケーションの社会学」、ちくま学芸文庫、2024年。原著は1998年。

序章 問いを始める地点への問い―ふたつの「社会学」
第1章 思いやりとかげぐちの体系としての社会―存在証明の形式社会学
第2章 「私」を破壊する「私」―R・D・レインをめぐる補論
第3章 外国人は「どのような人」なのか―異質性に対処する技法
第4章 リスペクタビリティの病―中間階級・きちんとすること・他者
第5章 非難の語彙、あるいは市民社会の境界―自己啓発セミナーにかんする雑誌記事の分析
第6章 理解の過少・理解の過剰―他者といる技法のために

最初に出版されてから四半世紀以上が経つが、ご本人の仕事の種類も変わった気がするし(一部の仕事しかチェックできていないけど)、なかなか類書が(少なくとも今は)思いつかない。論文ベースならあるのだろうか。むしろ、今回の文庫化をきっかけにフォロワーが現れてもよさそうな気がする。

最初に読んだときには第1章や第6章に惹かれたものだが、今回再読してみて、以前は気にとめていなかった 第5章の雑誌記事分析をおもしろく感じた。ふつうならそこで満足してしまうような雑誌記事の語彙の整理から、一段階も二段階も奥へと分析を進めて市民社会論にまでいたる知的集中力が印象的。

[J0487/240714]

名郷直樹『いずれくる死にそなえない』

生活の医療社、2021年。やはり、本は読むものだ。こういう本があるのだからなあ。健康志向、死生観の確立、安楽死推進、「迷惑をかけない死」、こういったことすべてに反対してきた僕にとって、重要なピースを与えてくれる一書。なお、僕は「平穏死」にも納得していない(まだ、正面から検討・対決してないけれども)。この本は、平穏死の勧めでもない。

自分自身の生き方の指針に関しても、本書によってピントがぐっと合うような感覚がある。EBMの第一人者である臨床医が、こういった議論をしているということもおもしろい。

1章 健康欲望から死の不安へ
2章 死について―まず電車の話で
3章 死について―死を待つものたち
4章 医療は高齢者に何を提供しているか―加齢と健康、そして死
5章 「寝たきり欲望支援」から「安楽寝たきり」へ
6章 死を避けない社会
終章 死をことほぐ社会

一見、逆張りやひねくれのようにみえるかもしれないが、きわめて現実に即した議論である。それは、高齢者の客観的現実を特定の立場から判断しているという意味ではなく、現実に生きて死んでいく人びとの生活の「感触」をすくいあげているという意味においてである。著者の語り口には、生き方・死に方を論じる人のほとんどとはちがって、仰々しいところや深遠風なところがない。露悪的でも肩肘を張ってもない。自分自身の「無力感」からはじめて、それでいて散文風に、最初から社会的領域から離れたところで書くのではなく、ひとつの思考を提示し、社会に提案している。

以下にちょっとだけ抜き書きをしてみるが、抜き書きに適した本ではない。実際に本文を読むのでなくては。以下は、あくまで内容の見出しである。

「仕事もプライベートも重要ではない、そう考えることで新たな展望が広がるのではないか」(23)。

「命が一番大事ということを死んではいけないということにつなげてはいけない」(43)。

「個人個人において、お金や健康、人とのつながりが重要でない社会というのはとてもいい社会ではないだろうか」(105-106)。

「寝たきりも実はさまざまである」(173)。

「これからは、むしろ「寝たきりになりたい」という欲望形成を支援していなくてはならない」(207)。同時に「いくら寝たきりが安楽であっても、寝たきりだけで生きるのは安楽ではない。寝たきり以外の欲望形成支援も重要だ」(237)。

[J0486/240714]

山口裕之『「みんな違ってみんないい」のか?』

副題「相対主義と普遍主義の問題」、ちくまプリマー新書、2022年。

第1章 「人それぞれ」論はどこからきたのか
第2章 「人それぞれ」というほど人は違っていない
第3章 「道徳的な正しさ」を人それぞれで勝手に決めてはならない
第4章 「正しい事実」を人それぞれで勝手に決めてはならない

これはすばらしい一冊。

簡にして要を得、たいへん読みやすい。/「正しさは人それぞれ」という現代社会に蔓延する見方を、つまりリアルな問題を正面から取り扱っている。/著者の専門のフランス哲学を、それありきで語るのではなくて、議論の必要に応じて効果的に紹介している。/たんに倫理学における価値相対主義だけを取り上げているのではなく、より一般的な構成主義的認識論の再検討とともに議論を進めている。/近年の進化心理学や進化倫理学にも言及している。本著著者には『認知哲学』という著書もあるらしい。/科学論のところは、いわゆる理系の研究者にとっても啓発的なはずだ。/マルセル・ガブリエルの哲学の意義を平易に説明。

達人の域。

[J0485/240713]