Author: Ryosuke

武満徹「吃音宣言:どもりのマニフェスト」

初出は「SACジャーナル」連載、1964年。『現代誌論大系 第四』(思潮社、1965年)に所収のものを、国立国会図書館デジタルコレクションから読むことができる(要登録)。https://dl.ndl.go.jp/pid/1356353/1/96

  • ベートーヴェンの第五が感動的なのは、運命が扉をたたくあの主題が、素晴らしく吃っているからなのだ。
  • どもりはあともどりではない。前進だ。
  • 東洲斎写楽はどもりである。
  • どもりも鳥も、いつも同じことはくりかえさない。その繰りかえしには僅かのちがいがある。このちがいが重要なのだ。
  • どもることで、言葉はそれ自体の肉体をもち、どもれば、言葉の表現の意味は解体され、人は、確かな裸形の意味を摑むだろう。脆弱な論理にまどわされぬ、〈人間物〉としての言葉は、こうして真に響くのである。
  • 意味が言葉の容量を超える時におこる運動こそ、もはや物理学では律せられない、〈生〉の力学ではないか。ぼくが幾分寓意的に書いてきた吃音の原則は、そこに在る。
  • ぼくらの声は不完全さによって個性的であり、そのことによって肉体となるのである。
  • 吃音者はたえず言葉と意味のくいちがいを確かめようとしている。それを曖昧にやりすごさずに肉体的な行為にたかめている。それは現在を正確に行うものだ。芸術作品は地層のように過去から現在を進行する形のものでなければならない。どもりはあともどりではない。

視点としてのどもり。どもりの形而上学を意識したらなら、どもりの芸術を、あちこちに見出すことができるはずだ。

[J0455/240320]

ブレイディみかこ『女たちのポリティクス』

副題「台頭する世界の女性政治家たち」、幻冬舎新書、2021年。2018年から2020年のあいだに書かれたコラム。つまり、イギリスがブレグジットで揺れていた頃から、コロナ禍が発生した当時の頃まで。まだウクライナ戦争ははじまっていないときのことで、そう考えると世界政治の変転は速い。

EU離脱とメイ首相―おしゃれ番長はパンチバッグ
メルケル時代の終焉―EUの「賢母」か「毒親」か
「ナショナリズム」アレルギーのとばっちりを受けて―スコットランドのスタージョン首相
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス―どえらい女性議員がやってきたヤア!ヤア!ヤア!
極右を率いる女たち―新たなマリーヌ・ル・ペンが続々と現れている理由
「インスタ映え政治」の申し子―ニュージーランドのアーダーン首相
「サイバー暴行」と女性政治家たち―叩かれても、踏まれても
サッチャーの亡霊につきまとわれて―メイ首相辞任の裏側
トランプはなぜ非白人女性議員たちを叩くのか―またそんなコテコテの差別発言を
合意なきブレグジットを阻止するのは全女性内閣?
育児のための辞任は反フェミニズム的?―スコットランドの女性党首の決断
英国女王とジョンソン首相の微妙な関係―宿敵のような、でも実は同族の二人
英総選挙を女性問題の視点から見る―辞める女性議員たちと、出馬する女性たち
若き女性たちが率いる国が誕生―フィンランド政治に何が起きているのか
スコットランド独立の悲願―ニコラ・スタージョンの逆襲
日本の右派女性議員をウォッチする―自民党のメルケルになれるのは誰なのか
コロナ危機で成功した指導者に女性が多い理由
「ブラック・ライヴズ・マター」運動を立ち上げた女性たち
小池百合子とフェミニズム
マーガレット・サッチャー再考―彼女はポピュリズムの女王だったのか

日本の政治家を考える際にも、世界政治のなかに置いて考えてみることは有効だ。たとえば、「小池百合子とフェミニズム」という文章。ブレイディさんは、反ムスリムの主張を通して、ナショナリストとフェミニスト、つまり右派と左派が意図的ないし非意図的に連合を組むという「フェモナショナリズム」という現象を紹介して、小池百合子の場合にも、「おっさん政治批判」と愛国ナショナリズムが女性政治家を通じて奇妙な連合を組む可能性を警戒している。なるほど。

[J0454/240317]

榎本洋介『島義勇』

佐賀県立佐賀城本丸歴史館、2011年。

第1章 島義勇の生涯
第2章 幕末の蝦夷地探検
第3章 開拓使設置の経緯と人事
第4章 島判官の石狩赴任
第5章 島判官による札幌本府建設

未開の地であった札幌を、将来「世界中之大名都」になる土地だと、石狩本府に選んだ島義勇。その功を称えて、北海道神宮と札幌市役所に銅像が建っている開拓判官、島義勇。

島の先見の明を証するように、札幌の人口は大正9年に小樽を、昭和15年に函館を抜いて北海道第一となり、現在では北海道の人口の三分の一を擁するようになっている。小樽も函館も平地の少ない手狭な街であって、今考えると、都市域拡大には限界があった。当初島は、札幌に対する手宮(小樽)を東京に対する横浜に見立てていたようだが、日本海海運はその後衰退し、石炭産業の斜陽もあって、千歳が北海道の入り口の役割を担うにいたっている。昨年、北広島にエスコンフィールドができたが、札幌都市圏の拡張は、南の方向へと向かっているようだ。

札幌開拓の功のほかに、島義勇の話題で気になるのは、江藤新平と合流しての佐賀の乱と、梟首という最期。この冊子ではこの出来事にはあまり触れていないが、また関連書も読んでみたい。

[J0453/240225]