Month: June 2020

指昭博『キリスト教と死』

中公新書、2019年。ひとつ注意しなくてはならないのは、イギリス宗教改革史が専門の著者だけあって、キリスト教世界一般というより「イギリスにおけるキリスト教と死の歴史」の本だということ。こう前置きした上で、これはありそうにみえてなかなかない良書だ。

第1章 キリスト教の来世観
第2章 幽霊の居場所
第3章 死をもたらすもの
第4章 死と葬儀
第5章 墓と社会
第6章 モニュメント

まず、各章のタイトルから分かるように、死の問題をバランス良く多面的に捉えている。来世観に関わる「教義」をずらっと並べただけの類書も多いが、人々が生きた現実に対する社会史的な記述も厚い。

先行諸研究への言及もていねい。新書らしくわかりやすい概論だけども、ひとりよがりだったり二番煎じだったりも多い死や死生観の領域で、この本は出色の労作だとおもう。タイトル通り「キリスト教と死」に興味のある人だけではなく、イギリス史に興味のある人にも勧めたい。

[J0053/200614]

神崎宣武『神さま仏さまご先祖さま』

小学館、1995年。

第1章 仏の顔も三度まで、さわらぬ神に崇りなし―祈願のかたち
第2章 お正月さまゆらゆらござった―カミ迎えの構図
第3章 ご先祖さまへの申はわけ―供養とまつりの意義
第4章 おばけが出るところ、カミが棲むところ―視覚・心象の聖地化
第5章 お神酒あがらぬカミはなし―直会と宴会の習俗

この著者の『峠をこえた魚』(福音館、1985年)が好きで、この本も読んでみる。この本は、 著者が熟達しているはずの生活史や個人史に対するアプローチというのはまったく入っておらず、日本人の信仰をまるっと扱う、昔ながらの民俗学入門。読み物としてはおもしろい。民俗学全般がそうであるように、研究としてどう扱うかは難しいところだけども・・・・・・。タイトルにあるように、「神さま、仏さま、ご先祖さま――その三位一体の観念こそが、私ども日本人の「宗教観」であるというのがふさわしいのだ。さらに、それをもって、「ニッポン教」としよう」(18)と述べている。

この本が出たのが25年前。今ではこうした民俗学もいよいよ難しくなった。あとそれから、イラストが沢野ひとし。

[J0052/200607]

宮岡謙二『異国遍路 旅芸人始末書』

中公文庫、1978年、初版1959年、改訂版、1971年。明治前後から、海外にわたった旅芸人や官民、留学生ら、振り返る人の少ない近代秘史を辿る。好事家にしかできない対象に寄りそった歴史記述、文庫本一冊が一冊に思えない――実際読み通すのに時間がかかったと思う――内容の濃さだ。著者は1898年生まれで江戸っ子だろうか、けして文章は湿っぽくはないが読後感は情感に満ちている。

異国旅芸人始末書
――旅芸人の先駆者たち
――慶応三年のパリ万博
――柳橋芸者の仏京行状記
――明治はじめの足跡
――太神楽海を渡る
――川上音二郎貞奴洋行日誌
――欧州を流浪する烏森芸妓
――英京に巣食う芸人群像
異国遍路死面列伝
――パリ客死第一号
――郷愁の肺癆
――外交官過去帳
――仏跡をめぐる僧侶たち
――モンパルナスに眠る人びと
――陸海軍競死録
――マドロスの悲しみ
――失われたり艦船
――無縁塚供養
――捨て石の拓士
――雑死切張帳
――志士間諜行
――骨寺の地下堂

あえて白眉を選ぶなら、まずは「川上音二郎貞奴洋行日誌」。あるいは「仏跡をめぐる僧侶たち」。後半になるにつれて客死した人たちがテーマになってゆき、遠い外国でときにあっけなく、ときに人知れず死んでいった人たちの跡をたどって、この仕事自体がほかにはない弔いだ。外国へ飛び出す彼らのバイタリティの強烈さとの対照の鮮やかさが、美しくもあり無常でもある。川上澄生の版画がカバーの、古い中公文庫で読むのがまた似つかわしい。

[J0051/200605]