Author: Ryosuke

TVOD『政治家失言クロニクル』

Pヴァイン、2021年。

第一章 終戦から55年体制へ  1945~1963年
第二章 高度経済成長の時代  1964~1988年
第三章 平成初頭  1989~2011年
第四章  失言2.0  2010年~
テーマ編その1  歴史認識と軍事
テーマ編その2  核と原子力
テーマ編その3  差別

戦後日本における政治家の「失言」を列挙して、それをコメカ、パンスなる人物が、対談形式で語るという本。

全体としては、失言から見た戦後史概観といった風。この失言というテーマに独自の問題として、ネット社会になりSNSも普及してからの、失言や政治のあり方はとても重要なところではある。本文中の指摘から引けば、政治家たちの発言が「ある意味イキリ合戦」になってしまっている点だとか(133)、「「クラスタ」がでっかくなればそれでいいんだ」という発想に支配されているだとか(198)。個人的には、SNSや掲示板でわーわー書いたり書かれたりするという現象のほかに、それを安易にまとめなおすYahooニュース的なメディアが気になる。なんでああいうものが機能しているのか、あのワイドショー的なもの。ヤフコメ的なものも、面白いと言えば面白い現象だ。

この本、若い人が戦後史を知るきっかけにはいいかもしれない。ただ、失言という政治的・社会的なテーマを語るのに、著者がTVODっていうユニット?ってどうなの?みたいな素朴な違和感はある。僕はたまたまブラック・ミュージック好きだからPヴァインという会社もおなじみで、音楽ライター・サブカルライター界隈の雰囲気も分かるけど、この本はそういう体裁と、割と硬派な内容とが食いちがっていて、損をしてしまっているのでは。

[J0228/220128]

萱野稔人『カネと暴力の系譜学』

河出文庫、2017年、原著は2006年。

第1章 カネを吸いあげる二つの回路
第2章 国家と暴力について
第3章 法的暴力のオモテとウラ
第4章 カネと暴力の系譜学

ジャーゴンを排した平易な言い回しで、ヴェーバー、ドゥルーズ=ガタリ、アーレント、フーコーなどの議論を踏まえながら、国家の「合法的な」権力の成立について思考を巡らせる。したがって、もちろん著者の思考の流れにかかわるかぎりにおいてではあるけれども、これら諸論者の思想の一端に触れるきっかけとしても、良い本なのではないか。

内容としては、国家成立の鍵として、マルクス経済学が言うところの本源的蓄積の問題が次第に焦点となっていく。本書の半ばすぎまでは、既存の議論を著者流に説き直していくという風で、「そうそう、そうね」というくらいに読み進んでいったが、終盤になって著者自身の考えの本体が明らかになる。

要約すると。所有は占有とは異なる。占有とは、あるモノを物理的に所持することであるが、なにかを所有するためにはそれを物理的に所持し占有している必要はない(152)。そして、モノの所有とは〈富への権利〉の基礎にある。公的所有制を確立させた国家は、2つの方法で、他人の労働の成果を自分のものにする(161-)。ひとつは、〈暴力への権利〉に基づいて、富を徴収する。もうひとつは、〈富への権利〉つまり所有のもとで労働を組織化し、人々を働かせてその成果を吸いあげる。その2つの方法が分離・分化したのが、資本主義社会にほかならない。資本主義社会では、〈富への権利〉は〈暴力への権利〉と切り離され、政治的な身分制度と切り離される。資本主義を国家制度と対置させるマルクス主義的な見方とは異なり、資本主義は国家から派生してきたのだ。

著者の筆致はシンプルをきわめているが、暴力やカネのありかたを論じて、空中戦になりがちな従来の議論と比べても、なにかリアルな手応えが感じられる主張になっている。

[J0227/220127]

スティーヴン・ジョンソン『感染地図』

矢野真千子訳、河出文庫、2017年。単行本は多分2007年で、The Ghost Map は 2006年刊。

  • はじめに
  • 下肥屋 8月28日月曜日
  • 目はくぼみ、唇は濃い青色に 9月2日土曜日
  • 探偵、現る 9月3日日曜日
  • 肥大化する怪物都市 9月4日月曜日
  • あらゆる「におい」は病気である 9月5日火曜日
  • 証拠固め 9月6日水曜日
  • 井戸を閉鎖せよ 9月8日金曜日
  • 感染地図 その後~現在
  • エピローグ

19世紀ロンドンでコロナ対策に尽力した「疫学の父」、ジョン・スノー(1813 – 1858)の調査・啓蒙活動を辿った歴史読み物。少なくとも日本語では、スノーの事績についてまとまった本はほかにないような気がするから、ありがたい。

科学的探究のあり方、瘴気説のような先入見の根強さ、19世紀の都市環境の劣悪さ、科学的知見をわかりやすく可視化することの重要性など、さまざまな読み所。スノーのものだけでなく、協力者たちに関する描写もよい。とくに著者が重視するのは、スノーの発見や努力こそ、その後、人類に大規模な都市化を進めていくことを可能にした条件のひとつを成したという点。

エピローグでは、こうした歴史の本にしては異様なほど詳しく、未来のこと、すなわち、都市化の未来について語られている。新型コロナの世界的パンデミックが起こった現在から見ると、この長すぎるエピソードは一種の予言であったことが分かる。ここでジョンソン氏が、都市化した世界における将来の脅威として挙げているのは感染症と核兵器(によるテロ)だが、せめて後者は現実化しないでほしい・・・・・・。

[J0226/220115]