Author: Ryosuke

Nスペ取材班『老衰死』

NHKスペシャル取材班『老衰死』講談社、2016年。2015年に放映されたNHKスペシャルの書籍化、いまさらながらのチェックだが、なるほど、勉強になった。

プロローグ 「穏やかな死」の真実を求めて 
第1章 石飛医師の看取りの現場から 
第2章 ある入居者の最期の日々に立ち会って
第3章 老衰死とは何か 知られざるメカニズム 
第4章 自力で食べて老衰死か、胃瘻で延命か 
第5章 老衰死の共通項「食べなくなる」メカニズム
第6章 人が老い衰えていく秘密の解明
第7章 老衰死を選んだ家族の悩みとは何か
第8章 “死ぬときは苦しくないのか” 最大の謎に挑む
第9章 家族が老衰死で受け取ったもの
第10章 欧米で広まる「クオリティ・オブ・デス」の実践法
エピローグ  生と死のリレーが安心を生む

いままで、きちんと理解・研究されてこなかったという死因としての「老衰」。

老衰死自体を認める医師と認めない医師がいる。「老衰死というとらえ方に対して否定的な姿勢を示したのは、死因を特定する病理医など基礎医学に携わる医師が多く、また大規模な急性期病院に勤める医師たちにもその傾向が強かった」(82)。なるほどだね。ちゃんとアンケート調査しかもかなり大規模な調査をしているのもありがたくて、「死亡診断時に死因を老衰としたことがあるか」で「ない」は45%とのこと。アンケートの回答の中に、「死因を老衰にすると、死因の究明が不徹底だとして、家族から訴訟を起こされるリスクがある」というものがあったというのも興味深く、納得感がある。

やはりこの書全体に胃ろうや延命治療に反対のトーンだが、調査中「認知症末期の患者さんに人工的水分・栄養補給法の差し控え・または撤退を経験したことがあるか」という質問に対して「ある」が 49%もあったことも重要。一般に、病院ではひたすら延命治療を続けているというイメージがあるが、実際にもっと柔軟に援用されている。もちろん、49%を低いと解釈することもできるし、あるいはその柔軟さに「不適切な撤退」の混入を疑うこともできるだろう。

本書で紹介されている身体機能低下の三種類にも、なるほど感。

胃ろうや給水の問題も含め、「老衰による死」を迎えるには、家族の関係が重要というのはまちがいないところ。一方で、僕としては老衰死・平穏死の強調しすぎには気をつけたい。それはまさに生ききった末に到達するものであるはずで、他者の死、それから自分の死をコントロールしたいという欲求のもとでの老衰死・平穏死となると、ちょっと話がちがうと思うのだ。

それはそれとして、とても参考になる本で、いわゆる専門的な医学的研究はもちろん必要だが、「これくらいの実証研究」も大事だなと。

[J0172/210710]

赤松良子『均等法をつくる』

勁草書房、2003年。

序章 修業時代
第2章 ニューヨーク時代 一九七九年‐一九八二年
第3章 長い暗いトンネル 均等法前夜
第4章 鬼の根回し 一九八三年夏
第5章 審議会での審議 一九八三年秋‐一九八四年春
第6章 いよいよ国会の舞台に 一九八四年
第7章 雇用均等法の成立 一九八五年
終章 均等法の改正まで 一九八六年‐二〇〇〇年

1985年男女雇用機会均等法成立までの苦闘のようすを描く。赤松さんの活躍については、2000年「プロジェクトX」としても放映されている。均等法の内容より、当時における男性中心の政治社会のしくみがよく分かる。虚飾のない表現で、苦労を描いても明るいのは彼女の筆致。

いくつかのポイントを抜き書き。雇用機会均等法にはさまざまな女性団体からも反対があった。とくに、生理休暇廃止や女子保護規定廃止に対する反対。1984年には「男女雇用機会均等法は文化の生態系を破壊する」という反対意見が物議を醸す。夫婦別姓の件にも触れているね。

21世紀の地点からみた男女雇用機会均等法の「功罪」、とりわけ「罪」については、上野千鶴子『女たちのサバイバル作戦』(2013年)がなかなか辛辣に描いている。

[J0171/210705]

高橋進『生物多様性を問いなおす』

ちくま新書、2021年。

第1章 現代に連なる略奪・独占と抵抗
第2章 地域社会における軋轢と協調
第3章 便益と倫理を問いなおす
第4章 未来との共生は可能か
終章 ボーダーを超えた三つの共生

生物多様性という側面から、環境問題のポイントやその対策について考える。もちろん、SDGs とも関連が深い。

生物多様性は、実は実用面でも貴重な資源であるという。この観点からすると、きわめて多様な種を擁する熱帯雨林とは、たんに「緑が多い場所」ということではなくて、鉱物でいえば数多くのレアアースが眠っている大鉱床としても人類の財産であるというわけだろう。

さまざまな具体的事例に触れられているが、環境保護や生態系のコントロールは一筋縄ではいかないことがよく分かる。オオカミの絶滅や温暖化がシカ害の遠因となっているとか、アイルランドの飢饉が同一組成の遺伝子のジャガイモを栽培してたからだとか、いろいろ。

ひとつ、編集に苦情を言いたいのは、多くの文献が引いてあって書名は巻末に並んでいるのだが、どの記述がどの文献に依拠しているのか分からないつくりになっている。せっかくおもしろく豊富な話題に触れているのに、これではとても人や学生には薦められない。本としての価値は半減激減ですよ。

[J0170/210626]