Author: Ryosuke

井筒俊彦『『コーラン』を読む』

岩波現代文庫、2013年、原著は2013年。なにか解説書一冊読んで『コーラン』が分かるなんてことはありえないが、これはでも最良の入門書では。イスラーム文化やイスラーム史について良質な入門書は数多いが、『コーラン』自体についてはどうだろうか、自分は知らない。

第一講 『コーラン』を「読む」方法
第二講 神の顕現
第三講 神の讃美
第四講 神の創造と審き
第五講 『コーラン』のレトリック的構成
第六講 終末の形象と表現(一)
第七講 終末の形象と表現(二)
第八講 実存的宗教から歴史的宗教へ
第九講 「存在の夜」の感触
第十講 啓示と預言

この書がありがたいのは、たんにテキストの字面を追うのではなく、『コーラン』を支える独特の感性や論理から説明してくれていることだ。それからまた、『コーラン』およびイスラームが、何でないか、何と対抗しているのかというところから、解きほぐしてくれているところ。

「我々にとって、『コーラン』は決して読みやすい書物ではない。といっても、別に字句がむずかしいわけではない。ただ、なんとなく妙な違和感があって親しめないのだ。表現されている思想、感情、イマージュ、そしてまたそれらを下から支えている存在感覚や世界像が、我々にとってあまりにも異質だからである。……仏教の経典や、ユダヤ教、キリスト教の『旧約聖書』、『新約聖書』とならんで、『コーラン』も世界宗教的な一つの古典だが、これを読むには、仏典や聖書を読むのとは違う一つの特殊な「読み」のテクニークが必要である。しかし、そのテクニークは、何か既成のものとして、我々の目の前に投げ出されているようなものではない」(398-399)。

[J0132/210207]

太田雄三『ラフカディオ・ハーン』

岩波新書、1994年。

第1章 来日前のハーン
第2章 ハーンと明治日本
第3章 ハーンの文学
終章 日本人のハーン発見

「虚像と実像」と副題にあるとおり、批判的ハーン論。ハーンを知る本の一冊目にはふさわしくないが、批判は批判で大事。

批判の焦点はふたつある。ひとつは、ハーンを持ち上げる読者側の動態について。もうひとつは、日本を描く際のハーンの視線や技法についてで、とくには後者が中心。後者にはさらにふたつの論点があって、ハーンの「人種主義的傾向」つまり本質主義的傾向がひとつ、それからハーンにおける「日本」の虚構性がもうひとつ。

著者は「人間性はどこでもだいたい同じだ」とするモース型と対比して、ハーンは日本人の日本人性を実体視しているとする。「モースにおいては、日本の方の優れていることがあれば、日本から学べばよい、のである。しかし、ハーンにおいては、違いは多くの場合、生まれながらの人種的違いに根ざしていると見なされる。したがって、それは越え難い違いなのである」(14)。

ハーンがそういう思想的傾きを持っていたのは、ほんとうなのかもしれない。が、それがどこまで彼の仕事や作品を規定しているかどうか。また、ハーンが描く「日本」の虚構性については、とくに晩年にいたってハーンの作品はより普遍的な世界に近づいているとして、いわばその虚構性に価値を見出す牧野陽子の評の方を持ちたい。ハーンが、作家であるような、日本文化論者ないし民俗学者であるような、中間的な存在であることが事態を複雑にしている。

要するにこの本の批判がほんとうに向けられるべきは、ハーンやその作品自体である以上に、それを「日本の文化を素晴らしさを正確に書き残した」と受けとめる素朴な理解に対して、である。こうした批判は、柳田國男あたりへの批判とも共通するだろう。モース型・ハーン型という類型も単純すぎるし、著者自身、結局は「虚構/実像」の二元論の上に立っている部分があるように見える。ハーンに対する素朴理解がきわめて根強い以上、そのかぎりでは必要な、現れるべくして現れた批判書ともいえる。

[J0131/210207]

筑摩書房編集部『小泉八雲』

筑摩書房、ちくま評伝シリーズ・ポルトレ、2015年。

プロローグ さすらい人の二つの旅
第1章 パトリックからラフカディオへ
第2章 辣腕記者ハーン
第3章 島から島へ
第4章 松江の幸福
第5章 「振り子」の日々
第6章 東洋でも西洋でもない夢
巻末エッセイ「むじな、または顔のない人」赤坂憲雄

その複雑な出自や経歴をたどりつつ、たんに日本礼賛だけじゃない八雲像を分かりやすく描いて、良書。これだけ質が高いのだから、著者名も出したらしいのに。奥付にすら情報がなくて、見返しに構成・文として斎藤真理子さんと書いてある。

八雲の怪談が再話であり創作であることを踏まえつつ、その物語としての力を確かめるくだり。日本社会や日本人に対して愛情だけでなく、それと同時に否定的な気持ちを持つ瞬間もあったこと。一点だけ難じるなら、松江や島根がひたすら辺境扱いされていること。鉄道が通っていなくても明治はまだ北前船のような海路が生きていたし、実際に今ほど格差は大きくはなかった。東京や熊本ほどに近代化し変化はしていなかったかもしれないが、だからといって「遅れていた」というわけではないのだ。

[J0130/210207]