Month: March 2026

是川夕『ニッポンの移民』

副題「増え続ける外国人とどう向き合うか」、ちくま新書、2025年。
今いまの問題を扱って、ひじょうによく構成されている本。あまりに手際よく通説をひっくりかえしていくので、逆に警戒したくなるくらい。でもきっと本当なんでしょう。

序章 増え続ける外国人
第2章 少子高齢化と移民を考えるために―移民政策の歴史
第3章 人はなぜ国境を越えて移動するのか?―移民理論の現在地
第4章 技能実習制度は「現代の奴隷制度」なのか?―成長するアジアと日本
終章 吹き荒れる排外主義の中で―移民政策の未来

日本は移民、とくに永住型の受け入れではじつはかなり実績があり、OECD諸国では10位に位置している。永住型と一時滞在型を合計すると、年間36万人を受け入れて、同7位になる。永住型の割合は25%で、この割合は英国(77%)、カナダ(38%)についで3位。

「受け入れの際に求める要件が比較的少ないことに加え、永住型の占める割合が多いといった特徴を踏まえるならば、日本は国際的に見てリベラルで開放的な労働移民政策をとる国として位置づけられる」(56)。

「日本は先進国ではほぼ唯一、労働ルートでの受入れが機能している国と言える。なぜなら、欧米諸国における移民受け入れは、最も需要の多い「労働ルート」での受け入れが非常に少なく、難民などの「人道ルート」、家族呼び寄せなどの「家族ルート」、観光などの短期滞在の後の「オーバーステイ」(超過滞在)といった他のルートにあふれ出しているためた。これが欧米の移民政策が崩壊しているとされる所以である。一方、・・・・・・日本は広範なスキルレベルにわたって永住型の労働ルートでの受け入れが行われており、他のルートが濫用されるリスクは低い」(57)。

日本の移民政策における「埋め込まれたリベラリズム」(95)。制度の中に人権尊重の考え方が組みこまれている状態。

また、たんなる経済格差や「出稼ぎ」だけが移民の理由ではないという。「学歴や収入が高くなるほど、日本や米国への移住を希望するようになるというパターンは、国ではなく個人を単位とした分析でも打倒することが明らかにされている」(156)。「データは、欧米諸国に行けなかった移民が仕方なく日本に来る」といった理解が妥当しないことを示しているのである。様々なデータに基づく限り、日本はもう「選ばれない国」などではなく、むしろ最近、急速に移住先としての人気を高めている国と言える」(157)。「日本が今後、人口減少により経済減少が縮小すれば、外国人に「目指されない国」になるという仮想シナリオは間違いなのである」(165)。また、経済格差だけが移民の理由ではないということは、訪れる移民の数にも上限があるということになるらしい。

[J0651/260323]

細馬宏通『絵はがきの時代』

青土社、2006年。絵はがきのなかの風景、絵はがきを作り売った人、絵はがきに文章をしたためる人、それを受けとった人、さらにそれを飾った人。絵はがきの世界のこちらをのぞき、あちらをのぞく著者の手にかかると、魅力ある迷宮の中にいるようだ。たんなる絵はがきコレクターにも、生真面目な研究者にも書くことのできない、そんな一冊。2020年には増補新版も出ている。

漏らすメディア
絵はがきの中へ
旅する絵はがき
アルプスからの挨拶
セルロイドエイジ
一枚の中の二枚
カードとディスプレイ
ミカドとゲイシャの国
カール・ルイスの手紙
画鋲の穴

なにか要約するような種類の本ではないが、ちょっと考えたい箇所を一箇所だけ引用。
「飛躍しよう。書くという行為は、単に既知のできごとを表わすためにここまで多様な形に広がったのではない。それはおそらく、贈与の行為として人々のあいだに広まったのである。でなければ、書くという行為が、なぜ執拗に宛先人の不在を必要とするのかを説明することができない。そしてエクリチュールこそは、謎をかけるにもっとも適した贈り物だった。品物の珍しさよりは、そこに引っ掻かれたように残る軌跡こそが、わたしの行為の痕跡をあざやかに指し示し、わたしを想起させる。わたしは単に目の前の誰かのために書くのではない。ここにいない誰かのために何かを用意することこそが、わたしを熱狂させ、わたしの筆を走らせる。だからこそあなたはここに居てはいけない。あなたが不在であるあいだだけ、わたしはこの文章を書き続けることができる。ロラン・バルトが言うように、告げ知らせる相手のない文章というものは存在しない。しかしいっぽうで、わたしは告げ知らせる相手を目の前にして書くことができない。だからわたしは、あなたがここにいないということを告げ知らせるために書くのだ」(118)。

パラフレーズしてみてみると、書くことは相手への秘密をともなっており、相手へのサプライズをふくむ行為だということ。さて、生成AIがはきだす文章は、こうした書くことの性格を備えているかどうか。

[J0650/260320]

T. M. ヒーリー『ダブリンでケアして125年』

T. M. Healy, 125 Years of Caring in Dublin: Our Lady’s Hospice, Harold’s Cross 1879-2004, Dublin: A. & A. Farmer, 2004.
アイルランドのアワー・レイディース・ホスピスの125周年記念に出版された、施設史。メアリー・エイケンヘッドを創始者とする愛の姉妹会(Sisters of Charity)が、Our Lady’s Hospice(OLH)を設立したのは1879年。以来、アイルランドとともに歩んできたOLH。

Foreword by Sister Una O’Neill
Introduction
1. Hospices through the ages
2. 19th-century Dublin
3. Foundation and early days
4. A new building
5. Consolidation and continuity 1888-1914
6. Early medical staff and patient care
7. Wars at home and abroad 1914-1922
8. Continuing care and unkeep 1923-1959
9. Staff reminiscences from mid-century
10. Changing diseases, new project
11. Palliative Care, Home Care, Bereavement Support, Bas Solais
12. Other disciplines
13. The farm and grounds of Our Lady’s Hospice
14. Faith in practice
15. A vision for the future (Sister Francis Rose O’Flynn)
Appendix 1. Chronology
Appendix 2. Place for peace and worship (Sister Helen Cunninggham and T. M. Healy)
Appendix 3. Rectresses/Superiors of Our Lady’s Hospice
Appendix 4. Physicians to Our Lady’s Hospice
Appendix 5. Heads of Departments 2004

本書に付された年表からいくつかの項目を抜粋。省略したが、Sinn Feinの動向も年表に加えられている。
1815 愛の姉妹会設立
1843 フランスで Jeanne Garnier がホスピス設立
1845 アイルランドで大飢饉がはじまる
1848 メアリー・エイケンヘッドが死去
1870 姉妹会がセントパトリック病院を開設
1879 Our Lady’s Hospice for the Dying 開設
1890 オーストリアに姉妹会がSacred Heart Hospice を開設
1905 ロンドンに姉妹会がセントジョセフス・ホスピスを開設
1919-21 アイルランド独立戦争
1949 アイルランド共和国宣言 
1964 for the Dying をとって Our Lady’s Hospice に改称
1967 ロンドンでセントクリスファーズ・ホスピス開設
1977 OLHで緩和ケアの開始
1985 OLHで在宅ケアの開始
1986 OLHで遺族サポートの開始
2003 Blackrock に第二のホスピスを開設

以下、2004年以降の動向をウェブサイトからちょっとだけ。
https://olh.ie/about-us/our-history/

2008 教育・研究センターを開設
2010 Our Lady’s Hospice & Care Services に改称
2018 専門緩和ケア病棟を開設
2020 第三の拠点として Wicklow Hospice を開設

[J0649/260317]