Month: August 2026

関山和夫『説教の歴史』

副題「仏教と話芸」、岩波新書、1978年。どうも「話芸」とは、著者がつくったことばらしい。熱の入った著者の口調もあって、説教こそ仏教を庶民にまで広げた力であったことに気づかされる。そしてそれが、落語などの大衆文化の源流でもあったと。本書を読むと、浄土真宗のイメージも改まる。

著者は、仏教者の説教が近世になって落語・講壇・浪曲などにもなっていったことについて、仏教のたんなる世俗化ではなく、大衆化であるとして積極的に評価しているようすである。

一 節談説教の型
  1 修行の方法
  2 型の伝承
  3 説教の技巧
二 説教話芸の源流 ― 初期・中古・中世
  1 説教の素地
  2 説教師匠・講師の活躍
  3 安居院流と三井寺派
  4 節談説教発展の基礎
  5 無住と通俗説教
三 説教と大衆芸能 ― 近世
  1 近世初期の説教教化者
  2 落語の始祖・安楽庵策伝
  3 仏教と落語
  4 説教と三遊亭円朝
  5 説教と講釈
  6 節談説教と説教節
  7 祭文・ちょんがれ・浪花節
  8 真宗説教
四 埋もれた芸能 ― 近代
  1 明治仏教
  2 近代の説教者
  3 節談説教の衰退 ― むすびにかえて

「説教と落語との密接な関係は、落語の元祖といわれる安楽庵策伝が浄土宗の説教師で、彼の著した『醒睡笑』が後世の落語に強い影響を与えたことでも首肯できる」(6)。

説教と娯楽は平安時代にはすでに結びついていて、山門の座主教円が滑稽説教の名人であったといい、『中右記』あたりにも娯楽性に富んだ説教の様子がうかがえるという(55)。

「中世から近世にかけての説教興隆の基を開いた重要なテキストの一つに源信の『往生要集』があったことを見逃すわけにはいかない」(59)。「浄土宗の開祖法然は、第一に『往生要集』を読んで「往生の業は念仏を本となす」の文に大きな示唆を受け、善導の『観経疏』を精読してはじめて弥陀の本願の深重なるを認識したのであり、まさに『往生要集』は、念仏における行基、空也の先駆者の力よりも遙かに強い原動力を日本浄土教に与えたといえる。その意味で後世の浄土宗や真宗の説教の基は、源信によって開かれていたと見てもよい」(60)。

通常の仏教思想史にみえるものとは異なる人の名前も挙がってくる。
平安末期から鎌倉にかけての説教の巨匠澄憲(1126-1203)とその子の聖覚(せいかく)は、「安居院(あぐい)流」の説教を確立した。それに対して定円は「三井寺派」の説教を立てたが、こちらの流れはのちの説教浄瑠璃のその影響を残している。
「安居院流の卓説した説教が、法然の念仏弘通に大きな役割を演じたことを見逃してはならない。・・・・・・真宗における念仏弘通の系譜の中で、法然と親鸞の間に聖覚を置くことは、きわめて重要である」(73)。

近世について。「近世の日本仏教界における説教を代表するものは真宗であった。それは今日に残存する多数の説教本や古老説教者の伝承によっても明瞭にわかる。不立文字の禅宗には喋々演説の説教は不要であった。むろん禅宗にも天台・真言にも説教はあったが、布教伝道を演説体の説教において最も活動的に行ったのは真宗・浄土宗・日蓮宗であった。日蓮宗は談義がすこぶる盛んで、一代に一万座・二万座という驚異的な説教を行ったものもあるほど激しいものであったが、安居院流や三井寺流の系統を入れず、独自の布教方式を展開した。その点、安居院流の系を引く浄土宗や真宗の説教とは異質のものであった。近世の初期には浄土宗に良定袋中(鎮西派)、安楽庵策伝(西山派)、禅宗に鈴木正三、真宗に浅井了意などというスケールの大きい説教教化者が出たが、彼らはいずれも宗門よりもむしろ国文学史上でその名を知られている」(90)。

「『醒睡笑』は説話文学の系列の上では、歌物語―諺物語―狂歌咄―落とし咄という系譜の中にあらわれるが、説教本の系列の上でも『沙石集』などとともに重い位置を占めている」(103)。「説教の系列の方から落語の成立を考える場合、説教者(僧侶)をもって第一義的使命を担っていた安楽庵策伝が安居院の聖覚に発する「説法義」系の説教技術を会得し、さらに浄土宗西山流の「マンダラ絵解き」を相承してその道の宗匠と仰がれていたこと、多年の雄弁術の研究と高座体験によってユニークな話芸を創造していたことは注意しなければならない」(104)。

古典落語にも仏教が入りこんでいるのも当然だといい、上方落語には浄土教系、江戸落語には日蓮宗(法華宗)系のものが目だつという。

「落語には、一見仏教をいちじるしく冒瀆したように見える作品もあるが(この種の話は説教にもある)、これを瀆神的な行為とか宗教への反逆と見るのは近代人の錯覚で、江戸時代の日本仏教は、もはや善悪両面の極に達し、泥沼的な一面も平気で許容されるほど日本人の生活の中に浸透してしまっていたのである。地獄極楽は説教や絵解き、芝居などを通じて全国に普及した」(108-109)。

もちろん、「江戸中期から後期にかけての説教は、まさに話芸であり、説教の会場は寄席であり、大衆娯楽の殿堂と化した一面があった」とも(140)。

著者は、円朝のことも江戸時代的な仏教思想の面から評価している。「説教者が常に口をすることを土台にして、円朝はみずからの説教を話芸の世界で樹立することができた。神経症まで持ちだして開化風に装いながら、因果応報の古い説教を新鮮味のあるものにして円朝は寄席の高座で演じたのである」(122)。

近世真宗の説教にはふたりの巨匠、本願寺派の菅原智洞と大谷派の粟津義圭。「江戸時代後期から明治・大正・昭和初期にかけての節談説教の高度な内容や技術は、すべて智洞と義圭に負っているといっても過言ではない。近代における説教興隆の基盤を築いた両者の功績は甚大である」(169-170)。

「明治初年に急激に北海道に真宗の信者がふえ、説教が盛行するようになった一因は、明治3年に東本願寺第21世厳如が、法嗣の現如に命じた北海道を巡錫させたことにある。その後、北海道には真宗大谷派寺院と門徒の数が増大し、説教は隆盛をきわめることになった」(175)。

近代の説教者としては、木村徹量(本願寺派、広島県賀茂郡河内町・光泉寺住職)、宮部円成(大谷派)、服部三智麿(大谷派)、亀田千巌(大谷派)らが紹介されている。

「一人前の説教者になるために、師匠の随行をするという修業の方法は、昭和10年代をもって終止符を打った。大正から昭和にかけて日本仏教各宗が大学を設けたことは、学問の進歩と僧侶の教養を高める上で大いに役立っているが、これは伝統説教を蔑視し、崩壊させる原動力ともなり、内容は高くなっても技術的には感銘度の薄い拙劣な我流の法話が盛行する一因ともなった」(196-197)。

[J0689/260815]

西澤晃彦『人間にとって貧困とは何か』

放送大学教育振興会、2019年。
安定の放送大学テキスト、こちらも貧困の社会学に関するバランスのとれた内容。経済的・政治的・福祉的アプローチいずれかだけに偏るのではなく、人々の生活実態を忘れない感じ。国際的動向との関連にも配慮。

1.孤立と零落 貧困体験の中核
2.貧困の社会学・序説 見田宗介「まなざしの地獄~現代社会の実存構造~」を読む
3.貧しい暮らし
4.よそ者としての貧者 まなざしと不安
5.排除の地理学 貧者の生活世界
6.貧困と家族 「恥」・近代家族・福祉国家
7.責められる家族 貧困の犯罪化をめぐって
8.子どもにとって貧困とは何か
9.貧困と友人関係 「伴を慕う心」の行方
10.貧困と老い
11.グローバリゼーションと貧困(1) 階級・階層構造と社会変動
12.グローバリゼーションと貧困(2) 誰が排除されているのか
13.グローバリゼーションと貧困(3) 空間構造の変動
14.見える貧困、見えない貧困
15.社会を否定する人々、社会を求める人々

[J0688/260809]

『リディアードのランニング・バイブル』

アーサー・リディアード、小松美冬訳、大修館書店、1993年。リディアード(1917~2004)の最初の主著は Run To Top (1962年)があるが、本書 Running with Lydiard(1983年)も、生理学的な調査研究の知見を増やしたほかは基本的な主張はかわらないという。なお、本書は2000年に第二版が出ているので、関心のある人は原著に当たってみるとよいかもしれない。

リディアードの理論は古いかもしれないが、運動生理学にもとづきながら、期分け(periodization)という発想を長距離走に持ち込んだ功績は不朽である。科学的実験や数値だけに頼るのではなく、アスリート自身の身体感覚を大事にしている点も、個人的には信用できる。

第1章 リディアード式トレーニングの運動生理学
第2章 有酸素能力を高めるマラソンコンディショニング・トレーニング
第3章 速く走るための体とフォームを作るヒルトレーニング
第4章 スピードを養成し、スタミナとスピートを協調させるトラックトレーニング
第5章 自然の中を走って、いろいろな側面から鍛えるクロスカントリー
第6章 ウォーミングアップとクーリングダウンの目的と方法
第7章 ウエアとシューズの選び方
第8章 作戦の立て方
第9章 暑い日、寒い日のランニングの注意
第10章 ランナーの食事について
第11章 ランナーの障害の予防と対策
第12章 少年・少女のランニング
第13章 女性のランニングについて
第14章 トレーニングスケジュール例

「私のトレーニングシステムのポイントは、有酸素ランニングと無酸素ランニングをバランスよく組み合わせることにある」(2)。無酸素ランニングはすぐに疲労がたまるだけでなく、不足分の酸素を補う酸素負債能力には絶対的な限界があって、それをトレーニングで引き上げることができない。したがって、有酸素能力を高めることが鍵となる。

ただし、リディアードが想定している有酸素ランニングは、最高安定状態の70~100%というレベルのもので、LSDはジョガーやランニング愛好家のものであるとする。

【無酸素トレーニング】
無酸素トレーニングのやりすぎは有酸素能力を損なうとして、「その財産を慎重に守りながら進めなければならない」(7)。無酸素トレーニングは、血液pH値を酸性にし、心理的な無気力にもつながる。無酸素トレーニングは必要であるが、「無酸素能力を一度自分の限界まで開発したら、それ以上無酸素トレーニングをする必要はなく、それは意味がないばかりか、危険ですらある」(9)。

「私の考えでは、無酸素トレーニングに必要な期間は4~5週間である。・・・・・・無酸素トレーニングは、どんな方法でやってもよい。距離やスピードなどを厳密に決める必要もない。要は、選手自身が酸素負債をかかえるような走りをして体を追い込んでいき、自分の疲労状態からもうこれで十分だと感じたときにやめればよいのである」(11)。「ということは、逆にいえば、無酸素トレーニングについて、具体的な指示をこと細かに選手に与えることはだれもできないのである」(11)。「ただし、ここで覚えておいてほしいのは、少なくとも200mはつづけて速く走らないと、全身の血液pH値を下げることはできないということだ」(12)。いや、この感覚の部分、大事とおもう。だから、選手は適切に自分自身を追い込んで、適切に自分自身の疲労を評価する能力をもたねばならない。また、無酸素能力の開発は、いつでも血液pH値を正常値に戻してからすべきであるという(65)。一度高めた無酸素能力は、週1度、50m~100mのシャープナーつまり流しを繰り返すことによって維持するのだという。

【有酸素トレーニング】
リディアードは週160㎞という目安をかかげる。しかし、「私のいう週160㎞というのは、最高安定状態に近いペースで走る距離である」(21)。疲労回復のためのジョグはこれとは別なので、総走行距離はその倍にもなりうるという。週160㎞という数字は、自分自身の体験的実験によってみつけたバランスだという。

「マラソンコンディショニング・トレーニングの期間中に行う有酸素ランニングのペースとしては、走りはじめから終わりまで一定のスピードで走り、走り終えたとき、心地よく疲れてはいるが、走ろうと思えばもう少し長く走れる、あるいはも少し速く走れたと感じるペースが最適である」(22)。トップ選手ならそれは、3分15秒/㎞というような速さのペースだと。

「より効率のよい有酸素ランニングをするには、まず自分の現時点での基礎体力、つまり、最高安定状態のレベルをみつけなければならない。それには、とりあえず自分が走れそうな時間を往復コースで走ってみるとよい。たとえば、30分ぐらいは走れそうなら、目一杯と感じるスピードよりゆっくりめのペースで気分よく走りはじめ、15分間そのペースを守って走り折り返し、来た道をそのペースをキープして走るのである。ただし、そのペースを守るために無理して頑張ってはいけない。・・・・・・そこで、次回のトレーニングではこの結果をもとに、自分のケースを調整する。走る距離が前回より長くなっても、短くなってもかまわないから、とにかく時間を基準にして、前半と後半のペースが同じになるように心がけるのだ。自分で、自分のペースを把握し、それを守るセルフコントロール力は、今後、トレーニングをすすめていくうえで、ますます要求されてくるものなので、早いうちにその力を養っておいたほうがよい」(23)。大事なのは、「体の発している信号に走りながら注意を向け、絶えずペースを有酸素ランニングの域におさめるようにすることである」(24)。

「私がアドバイスしたいのは、まずはじめに週3回〝長い〟時間走れ、ということだ。この長い時間とは、1人ひとりが自分の体力に応じて長いと感じる時間でよいのである」(24)。

【その他】
これもリディアードの特徴、負荷をかけるヒルトレーニング。ヒルスプリンギング、スティーブヒルランニング(もも上げ走)、ヒルバウンディング、ヒルストライディングといったメニューを紹介している。

ウォーミングアップ、心拍数を上げておくこと、体温を上げて筋肉を暖めること、ウォーミングアップは15分でよいと。

いまからみるとさすがに古いのではという部分もあるが、女性の長距離走の可能性を認めているなど、やはり先駆的なところも多い。訳注も多少つけてくれているが、ぜひ、最新の科学的知見や動向を併記するような編集の本があるといいな。

[J0687/260806]