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村上リコ・Thores 柴本『ロンドンに建ったガラスの宮殿』

たくさんのふしぎ、2023年11月号、福音館書店。

1851年、ロンドンのハイド・パークで開かれた世界最初の万国博覧会。そのときに建てられた建物が水晶宮。万国博覧会が終了後、水晶宮はロンドン南郊に移設されて、世界の芸術品を収める展示場に生まれかわったが、1936年に火災で消失。

・・・・・・と、ここまではなんだかんだ聞いてきた話ではあるが、後日談のところで「アレ?」と。恐竜の模型の写真に、次のようなキャプション。
「1854年に水晶宮がシドナムへ移転したとき、当時の科学の知識をもとにつくられた古生物の像。その後に研究がすすんで、さまざまに新しい発見があり、21世紀の復元像はだいぶちがうものになりました。この古生物たちは、19世紀の人が想像したままの姿に修復され、ロンドン郊外のクリスタル・パレス公園の池にいまもいます」・・・・・・とな。

これ、以前、セント・クリストファーズ・ホスピスを訪ねたときにぶらぶら立ち寄った、そのすぐそばの公園だよと気づく。恐竜の模型がたくさん置いてあって、風変わりだなあと思ったけど、まさかそんな歴史的なものだったとは。古くてしょぼいジュラシックパーク、寂れた公園の遊具的な物体だとばかり。そういや、たしかに駅の名前もクリスタル・パレスだったけど、今の今まで、万博とは結びつかなかった。こういう歴史のあり方は、やはりロンドンおそるべし。


[J0409/231010]

佐藤研『聖書時代史 新約篇』

岩波現代文庫、2003年、原著は初版が1992年。

第1章 ナザレのイエスの生と死
 第1節 イエスの運動を囲んだ世界
 第2節 イエス
第2章 「ユダヤ教イエス派」の活動
 第1節 ユダヤ教イエス派をとりまく世界
 第2節 ユダヤ教イエス派
第3章 パウロの伝道活動とパレスチナ・ユダヤ教の滅び
 第1節 イエス派の活動をめぐる世界
 第2節 ユダヤ教イエス派の展開
第4章 「キリスト教」の成立
 第1節 「キリスト教」成立の舞台
 第2節 「キリスト教」成立への苦闘」
第5章 キリスト教の伝播・迫害・内部抗争
 第1節 初期キリスト教周辺の世界
 第2節 内外の戦いをかかえるキリスト教

姉妹編(というか元は一冊)の山我哲雄『聖書時代史 旧約篇』(岩波現代文庫、2003年)と続けて眺めたからもあるけど、おもしろかった。数多存在するイエス伝とは異なって、イエスが、宗教史のなかの一登場人物として描かれているところ。

自らによる洗礼の意義を強調して、反神殿的思想を掲げたヨハネに刺激を受けて活動をはじめたナザレのイエス。イエス刑死をさまざまに解釈する後世の諸サークル。その中から、イエスの復活を、自分たちがイエスが裏切ったことへの赦しと解釈してエルサレムに集結した「エルサレム原始教会」の人々。そのうちに進む、「宣教する者が宣教される者と化してしまった」という事態。ローマ帝国下の迫害の中、滅びていった諸派の中で生き延びたファリサイ派。自らはユダヤ教に忠実と考えながら、ユダヤ教イエス派を伝えて、キリスト教の独立を促すことになったパウロ。他方では、再度破壊されつつ再再興するユダヤ教。迫害下に広がっていったキリスト教内部の戦いとして、「正統派」と反階層組織的なグノーシス派の対立。

[J0408/231003]

井上ひさし『父と暮せば』

新潮文庫、2001年。底本は1998年刊。井上ひさし本人によるあとがきの他、今村忠純の解説付き。

戯曲のシナリオで、数々の舞台上演のほか、2004年には、黒木和雄監督、宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信キャストで映画化されている。

広島の原爆で亡くなった父親の幽霊が現れて、生き延びた娘を勇気づけ支えるお話。東日本大震災でも多くの人が感じることになった、生存者の罪責感(サバイバーズ・ギルト)をよく描いている。東日本大震災は自然現象であるのに対し、原爆投下はアメリカの仕業だが、GHQの話がちらりと出るくらいでアメリカを直接責めるようなくだりはなく、主人公の美津江はひたすら自分を責める。

ただ、作品全体としてはあまり感心しなかった。父の幽霊が、あまりに救いになりすぎている。幽霊としてさえ出てきてもらえないことこそ、苦しいのではないか。解説の今村忠純はこの作品を「最新の夢幻能」と評価しているが、幽霊として現れる父・竹造は、やさしく娘を勇気づけるばかりで、いっさい自分の主張をすることなく、能の幽霊のように苦しみを訴えることもない。もしこの作品に、被爆者に対する癒し以上の、反原爆のメッセージが込められているとすれば、結果として嫌みなやり方に走っているとも言えなくもない。

[J0407/230928]