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金水敏『コレモ日本語アルカ?』

副題「異人のことばが生まれるとき」、岩波現代文庫、2023年、原著2014年。

序章 “アルヨことば”にまつわる疑問
第1章 宮沢賢治は「支那人」を見たか
第2章 横浜ことばとその時代
第3章 “アルヨことば”の完成
第4章 満洲ピジンをめぐって
第5章 戦後の“アルヨことば”
終章 「鬼子」たちのことば

同著者による金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波現代文庫)に引き続き、文庫化されたから読んでみたよシリーズ。

実際には存在しない、表象としての中国人がしゃべる〈アルヨことば〉の系譜を辿る。そういう試み自体は、いかにも、なくもなさそうという印象だけど、引っぱってくる史資料に一定の厚みを感じる。冷静に考えてみると、資料が薄いと感じる研究と、資料が厚いと感じる研究のちがいって、どこのへんにあるんだろうね。資料としておもしろいなと感じたのは、Exercises in the Yokohama Dialect (1873/1874/1879) という、ジョーク本風にピジン語のとしての横浜言葉を記した本だとか、のらくろに出てくる豚の台詞、ミスワカナ・玉松一郎の漫才など。あるいはタモリのハナモゲラ語の先駆者だという藤村有弘、さらにはゼンジー北京。これもまた、なんとも楽しい研究だ。

[J0390/230810]

金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』

岩波現代文庫、2023年、原著2003年。

役割語の世界への招待状
第1章 博士は“博士語”をしゃべるか
第2章 ステレオタイプと役割語
第3章 “標準語”と非“標準語”
第4章 ルーツは“武家ことば”―男のことば
第5章 お嬢様はどこにいる―女のことば
第6章 異人たちへのまなざし
附録 役割語の定義と指標

役割語研究の嚆矢というべき一冊が、今回文庫化。じつは、役割語研究のあれこれを読んだり、同著者編『〈役割語〉小辞典』は買ってあったりと、楽しい主題だと見知ってはいた界隈だが、この最初の本については未読だった。実際に読んでみてびっくり、たんに楽しい話題提示には終わらない、一級の研究書ではないですか。

ステレオタイプの動態と関連づけるところ、役割語の観点から〈標準語〉を捉えなおすところ、気づかれずにきた歴史的な経緯のあれこれ、等々、役割語研究の嚆矢にして、その視野の広さ・網羅性。ひとつの魅力的な研究領域を切り拓いて、後の諸研究に対しては灯台のような位置にある。本として、読みやすくとっつきやすいところも凄い。脱帽。

[J0389/230810]

五十嵐彰・迫田さやか『不倫』

副題「実証分析が示す全貌」、中公新書、2023年。

第1章 不倫とは何か
第2章 どれくらいの人がしているのか―実験で「本当の割合」を推計する
第3章 誰が、しているのか―機会・価値観・夫婦関係
第4章 誰と、しているのか―同類婚と社会的交換理論
第5章 なぜ終わるのか、なぜ終わらないのか
第6章 誰が誰を非難するのか―第三者罰と期待違反

買いにくいタイトルの本だが、内容は調査研究としてすばらしく整っている。不倫の実態自体、とくにはジェンダーの違いを表していておもしろいのだが、研究方法の好事例としても価値がある。つまり、不倫という、正直な答えを引き出しにくい問題に対するアプローチの一例として。データの分析や仮説検証の段取りなどクセを排した書きぶりで、いわゆる理系の人にも、実証的な社会調査とはこんな感じだよと紹介できる一冊では。

[J0388/230807]