Page 61 of 184

小川忠『逆襲する宗教』

副題「パンデミックと原理主義」、講談社選書メチエ、2023年。

序章 世界の宗教復興現象――コロナ禍が宗教復興をもたらす
第1章 キリスト教(プロテスタント)――反ワクチン運動に揺れる米国
第2章 ユダヤ教――近代を拒否する原理主義者が孤立するイスラエル
第3章 ロシア正教――信仰と政治が一体化するロシア
第4章 ヒンドゥー教――反イスラム感情で軋むインド
第5章 イスラム教――ジハード主義者が天罰論拡散を図る中東・中央アジア
第6章 もうひとつのイスラム教――宗教復興の多面性を示すイスラム社会、インドネシア
終章 コロナ禍で日本に宗教復興は起きるか

新型コロナパンデミック下の世界諸地域における諸宗教の対応や反応を整理。調査に入りにくい状況下でこうした概観をするのは難しいことと思われるが、各地でのレポートを多く参照しながらまとめていて、今の世界状況の理解の助けになる。

著者は本書で、「コロナ禍に非科学的で非合理的な反応をする宗教」という一方的な理解を斥けて、たとえば災禍における心のよりどころとして働くといったポジティヴな面をもバランス良く認めようとする。それでもやはり、パンデミックの影響で、宗教をめぐる社会的断絶がより露わになった場面も多いようだ。

著者のもともとのフィールドはインドやインドネシアのようで、未読で申し訳ないが、原理主義に関する著書も出版されているらしい。「原理主義者は「解釈しない」という「解釈」をする裏返しの近代主義であるともいえる。新型コロナウイルス危機による社会状況の激変のなかで、原理主義者が永遠不変と奉じる「原理」にも、彼ら自身も無自覚のうちに新たな解釈を施しているのである」(158)。

もうひとつメモ。インドのヒンドゥー・ナショナリズムによるイスラム教徒やキリスト教徒への迫害を見ながら、「一神教は不寛容、多神教は寛容」という日本で流行った言説に違和感を覚えたという話(124)。これは藤原聖子さんも書いていたことだが(『宗教と過激思想』)、示唆に富む話。「神道ナショナリズム」や「アニミズム・ナショナリズム」のようなことだって成立しうるということ。

著者の小川さんは「あとがき」で、安倍元首相銃撃事件に触れて、それが「世俗社会の側にいる個人から」の怒りの暴発であるにかかわらず、「元首相銃撃事件によって、反社会的な問題のあるカルト組織のみならず宗教一般までをも胡散臭いものとみなし忌避する風潮が日本社会に広がるのではないか、という危惧を感じている」と、オウム事件の社会的影響の前例にも言及しながら述べている(234)。そしてそのことで、「宗教復興が進む海外諸地域との相互理解は一層難しいものとなる」のではないかと。いや、これは実際に起こっていることなのではなかろうか。

[J0348/230329]

高岡詠子『シャノンの情報理論入門』

講談社ブルーバックス、2012年。

第1章 情報科学の歴史
第2章 情報とはなにか
第3章 情報の価値?
第4章 通信量を減らす?:情報源符号化定理
第5章 伝言ゲームでは困る──誤りを減らす
第6章 情報科学の歴史の中の情報理論

ノイマンなどと比べると、伝記や解説の少ないクロード・シャノンの情報理論を紹介、ブルーバックスらしいありがたい仕事。著者も書いているけど、シャノンは2001年没で、最近の人なのだよね。

よく教科書などには、シャノンの「通信モデル」の図が出てくるけど、あれだけみても「だから何?」という感想しか浮かばない。シャノンのしたことと言えば、別にあの図を発明したというようなことではなく、通信の数量化および数学的主題化ということなわけだね(シャノンが本当に最初で唯一の人か問題は措く)。

もう少し詳しく言えば、まずは情報を数量化・ディジタル化する基本的な手法や、その価値を数量化する指標(情報エントロピー)を設定。同時に、それを送信するための情報圧縮・復元(符号化)の手法と枠組みを、ノイズの除去の方法を含めて確立したと。荷物のパッキングならぬ、情報のパッキング。

本書で説明されている情報理論の基本ワードを列挙しておく。
ビット/情報エントロピー/標本化・量子化・符号化/標本化定理/情報源符号化定理/相互情報量/通信路符号化定理

ふだんからよく触る人はいいんだろうけど、エントロピーとか量子とか、他の分野で別の意味に用いられる言葉が入っているのは混乱しそう。

[J0347/230327]

E.トッド&Y. クルバージュ『文明の接近』

副題「「イスラーム vs 西洋」の虚構」、石崎晴己訳、藤原書店、2008年、原著は2007年。

日本の読者へ
序 章 文明の衝突か、 普遍的世界史か
第1章 歴史の動きの中におけるイスラーム諸国
  識字化と出生率の低下
  イスラームにおける 「世界の脱魔術化」 か
第2章 移行期危機
  識字化、 出生調節、 革命
  イスラーム諸国の移行期危機
  イスラーム主義と未来予測
  イデオロギー的内容の問題
第3章 アラブ家族と移行期危機
  父系と夫方居住
  シーア派の相続法
  内婚制
  内婚制の心理的・イデオロギー的帰結
  近代化の衝撃
第4章 非アラブ圏のイスラーム女性 ――東アジアとサハラ以南のアフリカ
  マレーシア・インドネシアの妻方居住
  サハラ以南アフリカの大衆的一夫多妻制
  これまでとは異なる移行期危機となるか?
第5章 イスラーム世界の核心、 アラブ圏
  予期せざる、 遅れて始まった移行期 ――識字化と石油収入
  マグレブでの移行期の加速化とフランス
  シリアの遅れと分断 ――スンニ派とアラウイ派
  アラビア半島の異種混合性
  レバノンはヨーロッパの国か?
  パレスチナ人 ――占領と戦争と出生率
第6章 パレスチナ人 ――占領と戦争と出生率
  トルコとイラン
  国家の不確かな役割
  人口上の移行期と国民国家
  宗教、 人口動態、 民主主義パキスタンの人口爆発
  人口動態の正常さと政治的脅威
  アフガニスタンにも触れておこう
  バングラデシュ ――人口過密と出生率の低下
第7章 共産主義以後
  識字化の加速
  中絶 ――イスラーム的ならざる出生調節
  そして幼児死亡率
  バルカンにおけるムスリムの多様化
第8章 妻方居住のアジア
  正常な移行、 停止す
  マレーシア ――イスラーム教よりはナショナリズム
第9章 サハラ以南のアフリカ
  出生率の地域格差 ――民族と宗教
  ムスリム女子の死亡率の低さ
結 論
〈附〉インタビュー 「平和にとって、アメリカ合衆国はイランより危険である。」

15年ほど前、9.11同時多発テロの衝撃もまだ生々しい頃の著作。「イスラームの脅威」という見方に対して、人口動態とその決定因とされる識字率から宗教の過激化現象を説明する。

「今日イスラーム圏を揺るがしている暴力を説明するために、イスラーム固有の本質などに思いを巡らす必要はいささかもない。イスラーム圏は混乱のただ中にあるが、それは識字率の進展と出生調節の一般化に結びつく心性の革命の衝撃にさらされているからに他ならない」(69)

ひとつ有益なのは、ヨーロッパだけに視野を限定せずに、中東やアジア、アフリカの諸国を広く分析の対象に含めていること。

さて、こうしたトッド&クルバージュの分析であるが、イスラームを擁護しているように見えて、実は宗教の高まり自体を過渡的として、いずれ衰退していくものとみる、収斂モデルとしての近代化論≒世俗化論的見解であることに注意すべき。

「原理主義は、宗教的信仰の動揺の過渡的な様相に過ぎない。近年の現象である信仰の弱さの帰結として、再確認の行動が生まれるのである」(53)

「ヨーロッパの近代化を理解するには、次のような長いサイクルを想像することができなければならない。すなわち、識字化、脱キリスト教化、次いで出生率の低下が、当初は宗教別の各地域の間の差異を際立たせるが、その後は収斂に向かうというサイクルである。世界全体の近代化を理解するには、これと同じようなイメージが用いられなければならない」(254)

附録のインタビューから
「政治的危機は、男性の半数が読み書きができるようになった時に、起こります。それに次いで女性の識字化が出生率の低下を招来しますが、それは心性的・文化的近代化を予告するものなのです。……. 私は賭けても良いのですが、イランはかつてのアメリカ合衆国と同様に、宗教的母胎から生まれる民主制の誕生を経験することになるでしょう」(264)

また、ぼんやりとした記憶では、ハンティントンの「文明の衝突」論でも、衝突というモーメント自体は人口学的に説明されていたはずだし、それを除くとわりと多元論に近かったような? そうだとすれば、トッドの方が古典的な単線的近代化論に近いことになる。

[J0346/230324]