Author: Ryosuke

橋本倫史『市場界隈』

本の雑誌社、2019年。

1 上原果物店;上原山羊肉店;美里食肉店ほか
2 ザ・コーヒー・スタンド;市場の古本屋ウララ;玉城化粧品店ほか
3 大和屋パン;喫茶スワン;大衆食堂ミルクほか

好著『ドライブイン探訪』の橋本さんが、2019年の改修工事寸前の那覇・第一牧志公設市場の店で働く人たちに目を向けた書、ルポルタージュといっていいのかな。「平成最後の夏」、那覇に暮らしながらインタビューをしていったそうで、なんとも、うらやましい、過ごし方と仕事。例によって淡々としたトーンで店やそこで働く人たちを描いていくが、いかにも趣味が前面に出ていた前著よりも、市場や沖縄の歴史に迫ろうという問題意識が、やはり抑制を効かせてではあるが、感じられる内容。懐古趣味や歴史探訪、沖縄のカルチャー紹介といった従来の描き方とたしかに共通のものはあるのだけど、でもそれらとはふしぎと違う。むりのない、自然ではあるけど多分に自覚的なこの低めのテンションは、2010年代・2020年代のそれなんだな。

なお、市場の改修が終わって、新規オープンするのは2022年だそう。

[J0213/211126]

勝又基『親孝行の日本史』

中公新書、2021年。

第1章 孝はいかに日本へ持ち込まれたか―古代から中世へ
第2章 孝の全盛期―江戸時代
第3章 幕府の政策?庶民の娯楽?
第4章 荒唐無稽な逸話の秘密
第5章 孝子日本代表を探して
第6章 鴎外と太宰の視線―近代文学と孝
第7章 軍国主義下の子供たちへ―明治から敗戦まで
第8章 敗戦で孝は消えたのか

斬新ということはなくても、なんだかんだ面白い。それと、文章が平易で親切。行き届いていて、あたかも肩を揉まれているような。以下、メモ。

  • 『日本霊異記』には、不孝をすれば地獄、孝養あれば浄土という物語がある。
  • 「する孝行」と「聞く孝行」という区分、なるほど。
    「家業を全うせよ、肩を揉め、というのは常識的でまっとうな意見です。これが「する孝行」です。いっぽう「聞く孝行」とは、『二十四孝』に出てくるような逸話です。これらは都合よく奇抜すぎて、日常生活において真似することは不可能です。しかしこれにも役割があります。その人物が他人とはレベルの違う孝行者であるという事や、孝行がいかに果報をもたらすかという事を、一例をもって納得させ、孝を強烈に読者に印象づけるようなインパクトを持っています」(79)
  • 「極端な行動→善果、という話の型に着目すると、孝子伝と往生伝は相似形にあります」(98)。中世には、孝子の表彰がほとんど見られないとのこと。「往生伝から孝子伝への変化は、中世から近世への移り変わりを象徴する出来事だった、と言えるのではないでしょうか」(98)
  • 林羅山『十孝子』における、『発心集』における大江佐国にまつわる仏教説話を、孝子説話に解釈しなおすところ、面白い(104-106)。
  • 「出家は不孝」という儒者からの批判に対する仏教者の応答いろいろ。
  • 孝行話としての「偽キリシタン兄弟事件」。兄がキリシタンを装い、弟が告発に対する報酬を得て親を養おうとした事件。林羅山の息子、鵞峰と読耕斎のあいだで解釈が分かれる。(147-)
  • 明治政府は巡幸と地方表彰の制度化という方法で、日本全国への孝行者への表彰を自らの管理下に置いた。このことは、地方ごとに為されてきた表彰の統合として、画期的であった。明治天皇による孝行者表彰の動きがはじまったのは、戊辰戦争がはじまったばかりの頃で、版籍奉還よりも半年も早かったという!(Ch.7)
  • そして重要な問い。台湾などと比べて、「日本はなぜ孝は消えたのか」という問い。それはもちろん敗戦のせいだが、昭和50年代以降の孝行表彰復活の動きもいろいろ苦労に直面することになって、なかでも「プライバシー」という問題が表彰衰退の理由となってきた経緯はおもしろい。
  • 2002年の「緑綬褒章」の復活。それは、「「孝」という身内への善行から「ボランティア」という公共への善行へ、装いを変えて復活した」ものだったと(216)。なるほどだなあ。

[J0212/211124]

『菅谷たたら山内総合文化調査報告書』1・2

公益財団法人鉄の歴史村地域振興事業団『菅谷たたら山内総合文化調査報告書』2020年。
角田徳幸「菅谷鈩山内の施設」
木本泰二郎「菅谷たたら山内の建物の特徴について」
小池浩一郎「菅谷たたらに於いて水力送風の意味するところ」
大津裕貴「菅谷たたら山内を支えた牧野」
武藤美穂子「職能集落としての「菅谷たたら山内」とその居住空間」
小原清「昭和における菅谷たたら山内に対する認識」
鈴木昴太「菅谷たたら山内の生活誌」
鳥谷智文「五人組規約・矯風規約にみえる人々の暮らし」

公益財団法人鉄の歴史村地域振興事業団『菅谷たたら山内総合文化調査報告書2』2021年。
鳥谷智文「八重滝鈩における水力送風技術の導入」
武藤美穂子「「菅谷たたら山内」における長屋の考察」
峠理恵・鳥谷智文「聞き取り調査記録 菅谷たたら山内の女性たち(1)」
鈴木昴太「聞き取り調査記録 菅谷たたら山内における昭和期の操業と生活」
小原清「史料紹介 益田市指定文化財津島家文書「金屋子神秘禄傳 全」の解題と翻刻

菅谷たたら山内に関する報告書としては、1968年島根県教育委員会『菅谷鑪』以来のものと思われる。

個人的には、聞き取り調査がとくに興味深い。明治期の文書を材料にした報告書1の鳥谷論文では、結婚の際に石地蔵を運ぶ風のことが記されているが、報告書2の聞き取り調査ではそれが実体験として語られていて、びっくり。今でもまだ、こういう民俗調査が可能なんだな。どぶろくの検査が来たときには、「牛が出た」という暗号や回覧で伝えて酒を隠した話とか。

報告書1の鈴木論文から。たたら製鉄関係者が「タタラモン」として見下されてきたという話はよくあるが、逆に山内から周囲の百姓を「在」の「地下衆(じげしゅう)」と見下すようなこともあったとの話、なるほど、さもありなん。たんに固定的・一方的な差別ではなく、そうやって区別しあうような感じ、他にもよく見かけることだ。ここでも、もののけ姫の記述は誇張になる。「トンジンバナシ」といったホトケ下ろしもする拝み屋、民間宗教者との関わりもかなり詳しく書いてあって、興味深い。

菅谷山内の聞き取り調査としては、次のような論文も存在する模様。
濱井美和「たたら集落における女性の生活誌にむけて」『古事』5, 2001年.

また、下のYouTubeチャンネルでは、この報告書の研究発表を視聴できる。
「おうちでたたらミュージアム2020」
https://www.youtube.com/channel/UCl7ht4XCjfwbl6A_IJH1D0A

[J0211/211029]