Author: Ryosuke

明石順平『国家の統計破壊』

インターナショナル新書、2019年。

第1章 「賃金21年ぶりの伸び率」という大ウソ
第2章 隠れた「かさ上げ」
第3章 隠される真の実質賃金伸び率
第4章 「かさ上げ」の真の原因
第5章 誰が数字をいじらせた
第6章 「ソノタノミクス」でGDPかさ上げ
第7章 安倍総理の自慢を徹底的に論破する
第8章 どうしてこんなにやりたい放題になるのか

本当は、この著者の解釈自体もよく検討しなければいけないが、ここでは基本的に正しいものと考えて・・・・・・。こういう統計の再検証という作業はそう楽しいものではないが、とても大切なことであって、こういう試みがあることに感謝。

この本の焦点はふたつあって、ひとつは統計の不正操作を指摘すること。もうひとつは「賃金が伸びないのに物価だけを急上昇させた」アベノミクスの失敗を批判すること。研究者的な目線で言うと、両者を同時にやってしまうと話がこんがらかりそうではある。

この本でも書かれているが、政府の答弁が質問にまともに答えない、クリンチ的なものだというのは、菅首相のときになっても酷かった。アベノミクスの帰結以上に暗澹とした気持ちにさせられるのは、統計不正やこの種の答弁の、事実軽視・論理軽視・対話軽視の空気。統計をたんに無視するというのではなく、適当にいじって利用するというところが本当に悪質で、それを許す社会全体の問題でもある。

[J0199/210917]

金澤周作『チャリティの帝国』

岩波新書、2021年。

第一章 世界史における他者救済――イギリスの個性を問い直す
第二章 近現代チャリティの構造――歴史的に考えるための見取り図
第三章 自由主義社会の明暗――長い一八世紀からヴィクトリア時代へ
第四章 慈悲深き帝国――帝国主義と国際主義
第五章 戦争と福祉のヤヌス――二〇世紀から現在へ

イギリスの近現代史を覗いても、また街々を歩いてみても感じられるのは、この国におけるチャリティやフィランスロピー(慈善事業)の存在感の大きさ。どの街でも、チャリティ・ショップが日本のコンビニくらいあって、しかも目抜き通りにだったり、どうやって経営が成り立っているのかいつも不思議。

金澤さんは『チャリティとイギリス近代』からこの主題を追究していて、そちらも大いに啓発的だった。この最新刊には「戦争と福祉のヤヌス」という章があるけれども、いわばこの書全体の主題が「帝国と慈善のヤヌス」。歴史家らしく、しっかり慈善事業の「裏の顔」を暴いている体だけど、やっぱり最後の最後にはチャリティの可能性に惹かれているようすで、僕もそこはそう、チャリティ志向はイギリス社会最善の部分のひとつと感じる。

これも僕の積年の疑問として、チャリティ帝国のイギリスが、なぜか戦後には福祉国家としてNHSを産み育てたというところ。著者の解釈は、戦後40年はチャリティが低調な時代で、また新自由主義時代に入ってその熱が高まってきたというもの。それはそうなんだろうけど、まだイギリス社会の福祉国家的側面の謎は残っている。

最近読んだ本のなかでは、武田尚子『チョコレートの世界史』(中公新書、2010年)が、イギリスの覇権と慈善事業というキーワードで共通していて、この書と並べて読んでも良さそうだ。

[J0198/210915]

R.マッカチョン『宗教を研究する』

Russel T. McCutcheon, Studying Religion: An Introduction, 2nd edition, London, Routledge, 2019. 第一版は、2007年。ざくっと眺めただけど、なかなかおもしろそうだったのと、巻末の人物紹介が有益と思ったので、この記事を書こうかなと。

第二版のための前書
イントロダクション:宗教研究とは何か
1. 名前の下にあるものとは?
2. 「宗教」の歴史
3. 宗教の諸本質
4. 宗教の機能
5. 諸宗教のあいだの類似性
6. 宗教についての公的な諸言説
7. 宗教とインサイダー/アウトサイダー問題
8. 宗教と分類
あとがき
ジョナサン・Z・スミス「必要な嘘:諸学における欺瞞」
K・メリンダ・シモンズ「誠実は最高の教育」
用語集
研究者たち
参照文献
資料
索引

この本は、あれこれの宗教に関する入門書ではなくて、あるものを「宗教」と名づけることはどういうことなのか、そこにはどういう問題があるのか、という問題を扱った入門書。いわゆる脱構築の話ってむだに(?)難解なことが多いが、この書はたとえ話をたっぷり使って平易に書いてある印象。邦訳があるといいな。自分ではしないけど。

巻末に、70ページにおよぶ、主要な宗教研究者のリストと解説があって興味深かったので、列挙と一部メモ。

  • Willam E. Arnal: キリスト教の起源の問題を社会理論の立場から扱う。
  • Talal Asad
  • Catherine Bell (1953-2008): 儀礼論と方法論。
  • Pascal Boyer
  • Willi Braum: 起源問題の社会理論、神話やレトリックの社会的・政治的機能、歴史理論。
  • Wendy Doniger: インド研究が基礎、人間主義的アプローチ。
  • Mary Douglas (1921-2007): マッカチョンはダグラスに大きな影響を受けているようで、この本は彼女に献げられている。
  • Daniel Dubuisson: フランスにおける宗教概念批判論の担い手のひとり。
  • Emile Durkheim (1858-1917)
  • Diana L. Eck: 宗教間対話について仕事。
  • Mircea Eliade (1907-86)
  • James G. Frazer (1854-1941)
  • Sigmund Freud (1856-1939)
  • Clifford Geertz (1926-2006)
  • Eddie S. Glaude: デューイ研究、アフリカ系アメリカ人の宗教史。
  • David Hume (1711-76)
  • William James (1842-1910)
  • Kim Knot: ヒンドゥー教、新宗教運動、世俗主義や宗教間対話。この書でもかなり重要性が与えられているかな?
  • Bruce Lincoln: 神話や儀礼、宗教概念批判論の立場から。
  • Burton L. Mack: 初期キリスト教や正典。
  • Martin Marty
  • Karl Marx (1818-83)
  • Tomoko Masuzawa
  • F. Max Mueller (1823-1900)
  • Rudolf Otto (1869-1937)
  • Hans Penner (1934-2012): エリアーデの同僚として、神話や儀礼を研究。
  • Friedrich Schleiermacher (1768-1834)
  • Ninian Smart (1927-2001)
  • Huston Smith (1919-2016): 世界の諸宗教や宗教間対話。
  • Jonathan Z. Smith (1938-2017)
  • Wilfred Cantwell Smith (1916-2000)
  • Herbert Spencer (1820-1903)
  • Rodney Stark
  • Paul Tillich (1886-1965)
  • Edward Burnett Tylor (1832-1917)
  • Gerardus van der Leeuw (1890-1950)
  • Max Weber (1864-1920)
  • Ludwig Wittgenstein (1889-1951)
  • Linda Woodhead

入門書で誰を取りあげるかって、本当に「政治的」な営みだと感じる。誰が挙げられているかに加えて、誰が挙げられていないかを確かめてみるのも一興かも。たとえば、現代宗教社会学からはあまりエントリーがないけれども、なぜかロドニー・スタークとリンダ・ウッドヘッドの名前が挙がっている。マルクスはあっても、トレルチはない。スペンサーはあっても、コントはない。ダグラスは推されていても、へネップとかターナーとかもない。認識の問題関係で、ヴィトゲンシュタインを入れるなら、レヴィ=ブリュールやグラネあたりがあっても良いというのが正論のはずなんだけど、まあ入れないよね。立場のちがいを説明するのが面倒だろうしね。
[J0197/210911]