Author: Ryosuke

佐藤忠悦『南極に立った樺太アイヌ』

青土社、増補新版2020年。もともとは2004年に東洋出版から出た書。

第1章 樺太アイヌ山辺と白瀬
第2章 南極探検への道
第3章 数奇な運命

白瀬矗の南極探検隊には、山辺安之助と花守信吉と二人の樺太アイヌが、多くの樺太犬とともに参加していた。この書はとくに、山辺の足取りを中心に辿る。著者は、秋田金浦の白瀬南極探検隊記念館に勤務している方とのこと、「山辺安之助の高邁な精神に感動」してこの書を著すにいたったという。表紙の写真の山辺と花守の顔つき、安易だけど、ゴールデンカムイの世界からほんとにそのまま飛び出してきたような。

そもそも、戦後にはあれだけ顕彰されている白瀬が、生前には探検に対する政府の援助も得られず、冷遇されてきた人物だとは知らなかった。大谷派の浄蓮寺というお寺の長男だったそうで、大谷光瑞のシルクロード探検にも刺激されたのではと、筆者は推測している。

樺太アイヌは、ロシアと日本の領土争いの中でたびたび強いられた移住をはじめ、苦渋をなめてきた人々。樺太千島交換条約では、対雁にむりやり移住させられている。そうした歴史の中であって、アイヌのために力を尽くすともに、日露戦争にも従軍、アイヌだからと蔑まれるのはがまんできないと、探検参加の約束を守って献身的に探検隊を支えた山辺。山辺の子孫をあちこちに探し訪ねて難航した筆者は、そこに「想像以上の差別」の存在を感じたという。

[J0184/210805]

山口博之『山寺立石寺』

吉川弘文館、2021年。

霊場寺院の中世―プロローグ
霊場を知る
霊場を定める
霊場に参り納める
霊場復興
今を生きる寺―エピローグ

なるほど。ある研究課題を追究した研究書というよりは、山寺に関する歴史的研究の情報を広く集めて紹介した本といった風(歴史文化ライブラリーだし)。東北を代表する霊場のひとつ、立石寺の歴史の深さをうかがうことはできる。まず入定窟の調査についてはかなり紙幅を割いていて、そのほか目に付いたトピックを挙げると、円仁を助けたという狩人、磐司磐三郎の伝承であったり、比叡山との不滅の法灯のやりとりであったり、一相坊円海と鳥居忠政との確執であったり。近世で話が終わっていることもあって、民俗寄りの記述はあまりなく、ムカサリ絵馬の話なども言及されていない。

山寺については、出羽三山などとは異なり、奥まった山の中にあるというよりも、開けた小盆地を前に切り立った場所にあることが印象深い。聖地として栄えた結果として因果が逆という面があるにしても、パノラマ的な配置になっていて、同じ霊場では長谷寺など連想させる。

[J0183/210804]

宮島利光『チキサニの大地』

日本基督教団出版局、1994年。

第1章 自由の天地
第2章 信仰と文化の周辺
第3章 アイヌ社会の構造
第4章 南の侵入者たち
第5章 シャクシャインの独立戦争
第6章 強制連行と奴隷労働
第7章 襲いくる「開拓」の嵐
第8章 「旧土人保護法」
第9章 三つの強制移住事件
第10章 抑圧と差別に抗して
第11章 いま、民族復権への闘い
第12章 私の出会いから

筆者は職業的な歴史学者ではないが、先行研究を利用しながら描くアイヌ民族の通史。逆に読みやすいという面もある。キリスト者という背景があるのと、アイヌ寄りの立場からの記述であることは明らかだが、抑圧を受けてきたマイノリティの記述に「中立」があるわけでもなく、また望ましいわけでもないだろう。

こうしてみると、アイヌの歴史は悲惨で過酷な収奪の歴史である。美しく大地に根ざして生きる人々とその文化もまたアイヌの真実なら、シャモによる抑圧や差別と、それを内在化し鬱屈した人々もまたそうである。アイヌをめぐる状況は、ここ数年で大きく転換した。まだウポポイを訪ねてはいないが、アイヌの文化と歴史のポジティブな面だけが強調される風潮には非常に違和感を感じる(それはウポポイの前身のこぎれいな博物館のときにはすでにそうだった)。「ウポポイ以前」におけるアイヌ文化の存在――わかりやすく言えば、通俗的な意味における、「昭和」の――にはなにか薄暗さ、陰鬱さがあって、それは抑圧の歴史が生々しく尾を引き、少なくとも部分的には消え去ってはいなかったからだろう。本書には、行政が言うところの「北海道100年」とされた1968年、静内のシャクシャイン像が作られたさいには、その台座に町村金吾の名が刻まれたことに強い抵抗の声があり、それを削り取って逮捕された人たちがいたことが記されている。「ウポポイ」にはそうした頑強な抵抗があったろうか。21世紀にそうした強い抵抗がなかったとして、それは本当にアイヌ民族への理解が深まった証なのだろうか。

これとは別の話、1994年出版の本書には、べてるの家に関するエピソードが出てきて、向谷地さんも登場している。そういえば、べてるの家の本は何冊か読んできたが、アイヌとの関係について書いたり論じたものは見たことがない。もしかするとこれって、べてるの「技法」を考える上でも、重要なポイントなのではないか。少し気にしておきたい。

[J0182/210803]