Author: Ryosuke

西田知己『血の日本思想史』

ちくま新書、2021年。

第1章 古代
第2章 中世
第3章 近世前期
第4章 近世後期
第5章 近代

「血縁」や「血統」とは、江戸時代の新語であるという、目からウロコの、この研究は超重要ではないの。平安・鎌倉時代では「血筋」も血縁という意味ではなく、むしろ「筋」単独で用いられていたと。たしかに、仏教の「血脈」は血縁ではない。また、「法脈」の語もあって「脈」が主だと著者は指摘する。後世、浄土真宗の展開のなかで、血脈と血縁を重ねあわせるような事態も生じてくる。

新しい「血」観念の端緒は、中江藤樹あたりに認められるという。その前提には、穢れ観を払拭したキリシタンによる「血」観念の影響があるとか。「血を分け」のように、「血」一文字で血縁を表す用法を「発明」し、普及させたのは、近松の浄瑠璃だという。「血縁」の語は当初チエンと湯桶読みされ、幕末維新期にケツエンと読まれるようになったと。

重要な指摘が目白押し。「血縁」の語が浸透することによって「縁」概念も意味が変化し、前世を前提とした語から、切ることのできない現世寄りの意味にシフトしたと。さらには「皇統」「血統」の語の歴史や意味変化から、天皇・皇室の理解にまで話題は及ぶ。ひとつの観念の歴史がどれほど重要か、そのことを示す例としても、必読書。

[J0166/210610]

三浦展『団塊世代の戦後史』

文春文庫、2007年、原著2005年。

プロローグ 団塊世代とは何か?
第1部 消費する若者
第2部 ニューファミリーの光と影
第3部 マイホーム主義の末路
第4部 存在理由が問われる定年後
エピローグ これから彼らがなすべきこと

団塊世代は 1947から49年生まれらしいから、2021年現在は74歳から72歳となるのか。よくある文化史だけに終わらず、人口動態と絡めた分析が興味深い。が、それに加えて、1958年生まれである著者自身の「声は大きいがロジカルじゃない」「保守性と革新性を併せもった」団塊世代への思い入れ(恨み辛み?)もあちこち濃厚で、正直と言えば正直。たとえば最終章ではこのように批判、「不況の長期化によって、団塊世代の子供は就職が十分できていない。それは、経済学的には、団塊世代自身の雇用を守るために、子供世代の採用が控えられたためであり、社会学的には、団塊世代が働くことの意味を子供に教えなかったためである」(256)。

1960年代の都市における若者文化の勃興は、若者自体に内発的な力があったというよりも、都市における若者人口の大きさによる。独身率が多かったわけではないが、やはり量的な規模の拡大で、独身文化・消費文化を形成した。年上男性との結婚が多かった時代から、特定の年代の人口増によって、同年代どうしの友達結婚というスタンダードを生み出した。などなど。

[J0165/210607]

ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ『懐かしい未来』

増補改訂版、鎌田陽司監訳、山と渓谷社、2021年。原著は1991年、最初の邦訳は2003年。

第1章 伝統
第2章 変化
第3章 ラダックに学ぶ
第4章 グローバルからローカルへ
解題 ローカリゼーションという希望(鎌田陽司)

中国やチベットに接したインドのヒマラヤ地域の少数民族、ラダックの文化と、それが近代化の波を受けるようになる過程を描く。文化人類学の家族の記述では、一妻多夫制を採る文化はたいへん珍しいとされる、そのうちのひとつでもある。

副題は「ラダックから学ぶ」とあって、近代化に対するローカリゼーションのあり方を提示しているということなのだが、むしろそれ以前の過程、近代化と開発の影響がどのように破壊的に作用するのかという実例として興味深かった。

とくに、近代的開発が生み出す諸効果のひとつとして、自分が育った伝統文化への「劣等感」をもたらすという指摘、なるほどと。

「私がラダックで見た悪循環の中でも、おそらくもっとも悲劇的なのは、個人の自信喪失が、家族や共同体の結びつきを弱くすることにつながり、それがさらに個人を自尊心を脅かすということだろう。この悪循環全体の中で、消費主義が重要な役割を果たしている。情緒の不安定さが、物質的なステータス・シンボルへの欲求を強めるからである。自分を認めてもらいたい、受け入れてもらいたいという理由で、持ち物を増やそうとする衝動を強める。持ち物によって自分の存在を認めてもらいたいという表われである。これは結局、物そのものに魅了されることよりも、はるかに重要な動機になっている」(209)。

また、発展途上国で宗教間や民族間の対立意識が強まるのも、宗教や文化のちがいのせいではなく、経済発展のモデルが中央集権的で、権力と意志決定をごく少数の手に委ねるせいであるという。

最初にこの本が出てから30年。増補部分ではローカリゼーション運動の現在が描かれているけど、「成功例」とされているラダック社会の現状がどんなものか、気になるな。

[J0164/210603]