Author: Ryosuke

原武史『天皇は宗教とどう向き合ってきたか』

潮新書、2019年。

プロローグ 天皇は「現人神」となった
第1部 昭和天皇と宗教
第1章 若き日の昭和天皇
第2章 戦争と祈り
第3章 人間に戻った「現人神」
第2部 平成の天皇と宗教
第4章 災害と祈り
第5章 生前退位まで
エピローグ 「平成」終焉後の天皇

平成天皇が譲位する寸前に出版された天皇論。タイトルは「宗教とどう向き合ってきたか」だが、内容はかならずしも宗教にかぎらず、明治・大正・昭和・平成と、天皇自身の行動やそこに込められた意図を辿ることで、天皇の社会的位置の変遷を描く良書。文章も平易。論の「前提」を整理したプロローグは、明治新政府の神道国教化政策とその顛末をもっとも分かりやすく描いた概説として初学の学生にも薦めたい。

大正天皇の皇后、貞明皇后が神がかっていて、皇太后節子(さだこ)として昭和天皇や皇室にプレッシャーをかけていたとか、占領期当時、昭和天皇がカトリックに改宗する可能性があったという話。

平成天皇について「ここ数年というもの、左派・リベラルな人々が天皇を持ち上げ、天皇の発言を安倍(晋三)政権批判に利用するという、なんとも不思議なねじれ現象を生じています」(185)というのは本当で、平成天皇が明らかにリベラルであったがゆえに天皇制廃止の議論も出ずに、令和にまで維持されたという面はあると思う。

[J0139/210219]

志村真幸『熊楠と幽霊』

インターナショナル新書、集英社、2021年。

第1章 幽体離脱体験
第2章 夢のお告げ
第3章 神通力、予知、テレパシー
第4章 アメリカ・イギリスの神秘主義と幽霊
第5章 イギリス心霊現象研究協会と帰国後の神秘体験
第6章 熊楠の夢
第7章 親不孝な熊楠
第8章 スペイン風邪、死と病の記録
第9章 幽霊や妖怪の足跡を追う
第10章 水木しげる『猫楠』と、熊楠の猫

一見とっぴなテーマに見えて、等身大の熊楠がしっかりとした文献調査に基づいて描かれている良書。当時のイギリスのスピリチュアリズムや心霊研究の様子を手軽に知ることができるという意味でも薦められる。上から分析をふりかざすでなく、ただエピソードを並べるだけでもなく、熊楠と待ち合わせて散歩をしているような、記述の速度がちょうどいい。

水木しげる『猫楠』のほか、キックボクサーマモル的な伝説の連載『てんぎゃん』にまで言及があるのは、著者とおなじジャンプ世代としてはにやりとするところ。そうそうあの頃、熊楠ブームがあったんだよなあ。河出文庫の熊楠コレクションが出版されたのもそう。

[J0138/210219]

太田雄三『B・H・チェンバレン』

リブロポート、1990年。

1 出自と教育
2 「挫折」と日本学者の誕生
3 日本観の総合―『日本事物誌』
4 東西間の往復運動
5 バジルとヒューストン
6 晩年
略年譜

なるほど、『ラフカディオ・ハーン』でやたらにハーンを批判していた著者。ハーンを引き合いにだしてチェンバレンを下げる論法に腹を立てていたことがよく分かる(笑)。もちろん、こちらの書の方が批判を動機としていない分、読みやすい。そのチェンバレンも、目が悪いせいで銀行で働けないことが理由のひとつになって日本に来た、というのもおもしろい。

嫌いな船に乗って、何度もヨーロッパと日本を往復したチェンバレン。一番の動機が日本研究という仕事を為すことであったとしても、日本がただ嫌いだったらそれはむりだったろう。なお、ヨーロッパに里帰りした大きな理由のひとつは、ワグナーの楽劇を観賞することだったそうな。なんでも、チェンバレンの弟ヒューストンは有名なドイツ賛美者だったとか。

『古事記』を英訳をするぐらいだからチェンバレンも凄い人だったろうし、この時代にわざわざ日本に来るくらいだからその人生も波瀾万丈と言っていいとおもうが、ハーンの経歴があまりに特殊すぎだし、『怪談』の著者と学者肌の日本学者を比べてしまったら、どうしても人気という点ではね。

[J0137/210216]