Author: Ryosuke

山本紀夫『先住民から見た世界史』

副題「コロンブスの「新大陸発見」」、角川文庫、2023年。『コロンブスの不平等交換』(2017年)の増補・解題版。

第1部 ヨーロッパに与えたもの
 1 トウモロコシ―コロンブスが持ち帰った穀類
 2 トウガラシ―世界各地の食文化をになう
 3 ジャガイモ―ヨーロッパの飢えを救う
   コラム1 コロンブスより前に海を渡った栽培植物
第2部 先住民にもたらされた災厄
 4 サトウキビ―砂糖の生産と奴隷
   コラム2 ラテンアメリカ音楽の誕生
 5 馬と牛―生活を破壊したヨーロッパの家畜
 6 天然痘―先住民の凄惨な悲劇
終章 コロンブスの功罪

著者は農学と人類学をともに修めているとのことで、その視点が活かされている。トウモロコシやジャガイモが新大陸原住民による長年の品種改良を経たものである話から、逆に馬や牛が導入された話をはじめ、話題豊富。疫病がすさまじい被害をもたらしたのも、新大陸では従来、家畜になるような群居性の動物が少なく、家畜を通した免疫獲得がなされていなかったからだと(このことはジャレド・ダイアモンドも指摘しているらしい)。

「トウモロコシやジャガイモ、トマト、タバコ、トウガラシ、サツマイモ、チョコレート(カカオ)などのアメリカ大陸原産の作物が、この500年ほどの間に世界各地に広まり、旧大陸の住民も大きな恩恵をこうむっていることは、よく知られた事実であろう。しかし、これらの作物がアメリカ大陸の先住民による野生種から栽培種への栽培化やその改良に長い年月をかけて尽力してきた結果であるということはほとんど知られていない。このように先住民は世界の文明に大きな貢献をしてきたにもかかわらず、その貢献が認められることはなく、かえって虐待され無視されつづけてきた」(279-280)

[J0417/231024]

駒ヶ嶺朋子『怪談に学ぶ脳神経内科』

中外医学社、2020年。

第1章 突然の報い—脳卒中
    景戒『日本国現報善悪霊異記』(奈良時代後期〜平安時代前期)
第2章 おばあちゃんだけに見える少女—Lewy小体病
   佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』(大正時代)
第3章 取り憑かれた少女—脳炎
   残寿『死霊解脱物語聞書』(江戸時代前期,元禄年間)
第4章 破戒僧—認知症
   上田秋成『雨月物語』(江戸時代後期,安永年間)
第5章 うらめしやの手—末梢神経障害 
   飯島光峨『幽霊図』(明治時代)
第6章 ろくろ首—片頭痛
   鳥山石燕『図画百鬼夜行』(江戸時代後期,安永年間)
第7章 ドッペルゲンガー—てんかん 
   只野真葛『奥州波奈志』(江戸時代後期,文化年間)
第8章 かなしばり—睡眠麻痺
   小泉八雲『薄明の認識』(明治時代)
第9章 幽体離脱—体外離脱体験
   『伊勢物語』(平安時代中期)
第10章 あの世からの来訪—看取り,その先のこと
   『今昔物語集』(平安時代後期)
Appendix —時間留学で会得した極意と応用

奇書といってもいいような、おもしろい趣向の本。過去の説話や物語を対象にして、神経医である著者がガチガチに医学的な診断を施してみるという試み。著者自身は、これら物語は脳神経上の症状にすぎないと断じているわけではなく、現在の医学者がタイムスリップしたらこう診断を進めることになるだろうという設定で話を進めていて、秀逸なつくり。

一方で、著者の慎重な立ち位置とはうらはらに、この本の記述をもってこの種の「現象」がすべて脳神経上の幻覚に過ぎないという証拠のひとつと解釈する人は必ず、たくさんいるだろうね。オカルト側もご存じのとおり頑固な人が多いが、科学至上主義も負けず劣らずの頑固さで、頑固である時点で実証的な科学的精神からは外れやすいもの。同じ著者による『死の科学』(集英社インターナショナル、2022年)はかなり後者に与していて、これには出版社の意向が反映されているのだろう。なにせ帯から「長谷川眞理子氏、大絶賛!」「やはり科学で解明することはできるのだ!」だからね。怪談やら説話から、説明が付きそうなものだけ選択的に引っぱってきて「科学的説明」を付したとして、それ以上でもそれ以下でもなく、「科学者」が勝ち誇るべきようなことでもない。

そういう科学至上主義者による「超自然的現象」の説明のしかたはたいてい攻撃的であったり、諄々と説き伏せるタイプの一皮被った「上から目線」であったりするが、本書『怪談に学ぶ脳神経内科』における駒ヶ嶺さんは、素人には難しい医学的な診断を書きつらねていても、その筆致はどこか愉しそうだ。

内容面では、(僕がもっとも関心を寄せる)最終章「あの世からの来訪:看取り、その先のこと」が、一番記述の切れが悪い。一章に話を詰め込むには難しい内容ということもあるし、むしろここにこそ重要な論点が潜在しているとも考えられる。

[J0416/231024]

ハンナ・グールド『魂に依るモノ、モノを生む魂』

副題「人類学の視点からの仏壇・葬送・宗教とモノの関係」、宗教工芸社、2021年。

著者は、人類学者ハンナ・グールドさん、『月刊宗教工芸新聞』に連載したコラムを収めた冊子。グールドさん自身の研究は、アパドゥライが提唱した「モノ自体を追跡する」という研究アプローチに沿いながら、仏壇を主題に取りあげて、日本の宗教文化に迫ろうとするもの。これらのコラムには、オーストラリア出身で、日本でのフィールドワーク経験も豊富な著者の比較宗教的な視点がふんだんに活かされている。また、英語圏の最新の研究があれこれ紹介されていて、それも参考になる。

単著をもうすぐ出版予定のようで、楽しみですね。

[J0415/231023]