中外医学社、2020年。

第1章 突然の報い—脳卒中
    景戒『日本国現報善悪霊異記』(奈良時代後期〜平安時代前期)
第2章 おばあちゃんだけに見える少女—Lewy小体病
   佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』(大正時代)
第3章 取り憑かれた少女—脳炎
   残寿『死霊解脱物語聞書』(江戸時代前期,元禄年間)
第4章 破戒僧—認知症
   上田秋成『雨月物語』(江戸時代後期,安永年間)
第5章 うらめしやの手—末梢神経障害 
   飯島光峨『幽霊図』(明治時代)
第6章 ろくろ首—片頭痛
   鳥山石燕『図画百鬼夜行』(江戸時代後期,安永年間)
第7章 ドッペルゲンガー—てんかん 
   只野真葛『奥州波奈志』(江戸時代後期,文化年間)
第8章 かなしばり—睡眠麻痺
   小泉八雲『薄明の認識』(明治時代)
第9章 幽体離脱—体外離脱体験
   『伊勢物語』(平安時代中期)
第10章 あの世からの来訪—看取り,その先のこと
   『今昔物語集』(平安時代後期)
Appendix —時間留学で会得した極意と応用

奇書といってもいいような、おもしろい趣向の本。過去の説話や物語を対象にして、神経医である著者がガチガチに医学的な診断を施してみるという試み。著者自身は、これら物語は脳神経上の症状にすぎないと断じているわけではなく、現在の医学者がタイムスリップしたらこう診断を進めることになるだろうという設定で話を進めていて、秀逸なつくり。

一方で、著者の慎重な立ち位置とはうらはらに、この本の記述をもってこの種の「現象」がすべて脳神経上の幻覚に過ぎないという証拠のひとつと解釈する人は必ず、たくさんいるだろうね。オカルト側もご存じのとおり頑固な人が多いが、科学至上主義も負けず劣らずの頑固さで、頑固である時点で実証的な科学的精神からは外れやすいもの。同じ著者による『死の科学』(集英社インターナショナル、2022年)はかなり後者に与していて、これには出版社の意向が反映されているのだろう。なにせ帯から「長谷川眞理子氏、大絶賛!」「やはり科学で解明することはできるのだ!」だからね。怪談やら説話から、説明が付きそうなものだけ選択的に引っぱってきて「科学的説明」を付したとして、それ以上でもそれ以下でもなく、「科学者」が勝ち誇るべきようなことでもない。

そういう科学至上主義者による「超自然的現象」の説明のしかたはたいてい攻撃的であったり、諄々と説き伏せるタイプの一皮被った「上から目線」であったりするが、本書『怪談に学ぶ脳神経内科』における駒ヶ嶺さんは、素人には難しい医学的な診断を書きつらねていても、その筆致はどこか愉しそうだ。

内容面では、(僕がもっとも関心を寄せる)最終章「あの世からの来訪:看取り、その先のこと」が、一番記述の切れが悪い。一章に話を詰め込むには難しい内容ということもあるし、むしろここにこそ重要な論点が潜在しているとも考えられる。

[J0416/231024]