Category: Japanese Articles

久馬一剛『土とは何だろうか?』

京都大学学術出版会、2005年。

第1章 はじめに
第2章 土壌はどのようにしてできるか
第3章 植物の栄養と土壌の働き
第4章 日本の畑の土
第5章 水田稲作と土
第6章 土の中の生き物たち
第7章 世界の土と日本の土
第8章 地球環境問題の中の土壌
第9章 人間にとって土とは何か

土壌学からみた土の話。土の豊かさの根本とは、自然の営みの重なりの上に成立しているのであって、人工的に作り出せるものではないことがよく分かる。「土作りに王道はなく、土壌は一日にしてはできない」(27)。以下、あれこれメモ書き。

土壌とは、たんに無機物と有機物を含む「固相」からなるのではない。固相のすきま、すなわち孔隙に存する「気相」と「液相」の三相の組み合わせが土壌を形成している。実際の土壌はしばしば、幾何学的に可能な割合よりも大きい、50%を超える孔隙率を有している。これは、生物の働きによって土壌粒子が強く結合して、団粒を作っているからである。この団粒構造は、土壌が透水・通気および保水という矛盾した働きを持つためには、必須の条件となっている。

土壌学的に言うと、土壌の生産力は、肥沃度と易耕性から成り立っている。その肥沃度は、養分の供給力と保持力の組み合わせから成っている。気温が10℃上がれば化学反応の速度は2~3倍になるが、高温湿潤な条件では、土壌も風化の進んだ状態になりやすい。熱帯になるほど、日本では西南日本になるほど、土は赤味がかったものになるが、それは風化抵抗性の強い酸化鉄が相対的に多くなっていくからである。特に熱帯の土壌には痩せたものが多いが、それは風化が進みやすいからであるとともに、アフリカや南米の熱帯では地殻変動が少なく、古い地形面が保存されているからである。土壌もまた老化するのである。これに対し、火山活動が盛んなところや、河川の氾濫が生じやすいところは、土壌が比較的若く肥沃である。また、ヨーロッパや北アメリカでは、氷河が地表を削って運んだ若い材料が分布している。

日本の土壌は、ほとんど全面的に酸性である。雨はもともと空気中の酸が溶け込んでいるので、降雨量が多く、しかもすぐに蒸発・蒸散するのではない条件下では、土壌は漸次酸性化していくからである。

日本に多い畑土壌は、火山灰に由来する黒ボク土であり、国土面積の約17%を占めている。黒ボク土はリン酸を吸着固定してしまう性質をもっており、これを農地利用するには、石灰等によって酸性を矯正するとともに、リン酸肥料を施用する必要がある。こうした肥料が利用できない・しにくい時代には、焼畑だけが唯一可能な方法であったが、多量の肥料が投入可能になると、黒ボク土の透水性や保水性などの長所が生きてくることになる。現代では、資源を大量投入することの問題性に目をつぶれば、土壌の化学的性質における制約は安価かつ容易に克服可能であって、水はけや土壌浸食への抵抗性といった、土壌の物理的性質の方がより扱いにくい制限となっている。歴史的にみれば、日本における畑耕作の困難さは、水田耕作への固執を生むことになったと考えられる(150)。

イネや水田耕作の特徴。田に水を入れると、土の中は好気的な状態から嫌気的な状態へ、酸化的な状態から還元的な状態へと推移し、生息する生物種もその状態変化に応じて推移する。生物には、好気的条件と嫌気的状況、両方に生息可能なものはいない。このことから、畑作の場合で生じるように、特定の病原菌や害虫といった生物的理由による連作障害が防がれることになる(178)。

湛水によって死んだ生物の遺体は有機物として分解される。灌漑水がもたらすカルシウムやマグネシウム、カリといった養分も重要で、とくにはっきりした乾燥期のあるタイなどでは、灌漑水は日本のそれよりもずっと多くの養分を含んでいる。窒素に関しても湛水条件下では独特のサイクルがなりたっており、そこでは水田やイネに生息する藍藻類や細菌の働きによって、普通の畑の二倍以上の窒素固定がなされている。リン酸に関しては総量が増えるわけではないが、湛水条件下の還元状態下ではpHが上昇し、リン酸が溶解しやすくなることでイネが多くのリン酸を利用することが可能になる。このほか、水田は土壌浸食に強く、雑草問題が比較的厳しくないという点でも、畑に対して優位性を有している。

水田にはメタン発生問題があるが、盛夏に水を落とす「中干し」慣行が、メタン生成を抑制する効果があることが知られている。水の管理や肥料のじゅうぶんな堆肥化などによって、メタン発生を抑えることは可能である(224-225)。

一般に、乾燥気候下での灌漑農業は、太陽エネルギーを十分に利用できるほか、湿度が低くて病虫害の危険が少ない上に、一般に土壌の風化の程度が低く、高い生産性を上げることができる。ところがひとつの重大な泣きどころは、塩類化の危険である。日本のように多雨のところでは正長石やかんらん石の風化から遊離して生じる塩類は川から海へと失われるが、乾燥地帯では土壌にそれが残ってしまう。これが灌漑によって次第に集積していき、表土に塩が貯まっていってしまうのである。メソポタミアやインダス川の文明滅亡を導いたとも言われるこの塩類化は現在いっそう大問題となっている。「一度塩類化した土地に再び生産力を蘇らせるのはほとんど不可能であることを思えば、人智の浅はかさを嘆かざるをえない」(238)。

土壌を肥沃に保つには、今なお輪作がもっとも有効である。しかし、農業機械の大規模な導入や、商品作物化の動きは、単作農業を拡大させてきた。農業機械は、特定の作物を作ることに特化しているからである。この結果、さらに化学肥料や農薬を増やすことになるが、それがまた土壌中の生物の働きを弱めることになり、広範に土壌浸食が生じる現象が、アメリカをはじめ世界各地で生じている。

土壌は、すべての陸生生物を養い、また生物に由来する有機物質を分解するとともに、地球上の水循環およびガス交換において大きな役割を担うことで、生物圏の持続可能性を保障している存在なのである。

[J0377/230626]

山本志乃『団体旅行の文化史』

副題「旅の大衆化とその系譜」、創元社、2021年。

はじめに――旅の大衆化とその系譜
Ⅰ お参りの旅
第1章 伊勢参りとおかげ参り
  1 ケンペルがみた旅人の群れ
  2 名所図会と道中案内書
  3 講と代参のシステム
  4 おかげ年の群参行動
  5 「抜け参り」と女かくれ道
第2章 元祖旅行業としての御師
  1 旅する御師
  2 みやげは伊勢暦
  3 御師邸と神楽殿
  4 心づくしの饗応
第3章 伊勢参宮から全国周遊へ
  1 ある商人一行の「伊勢参り」
  2 宿の良し悪し
  3 「観光地」での現地案内サービス
  4 「中食」に酒はつきもの?
  5 名物に旨いものなし?
第4章 先達に連れられ富士登拝
  1 遥拝から登拝へ
  2 富士行者と信仰の広がり
  3 富士講と先達
  4 案内書と御縁年
  5 「再生」への願い
第5章 鉄道と団体参拝
  1 明治の伊勢参り
  2 旅館と駅の集客活動
  3 初めての団体貸切旅行
  4 戦後復興と「団参」の賑わい
Ⅱ 学びの旅
第6章 通過儀礼としての旅
  1 羽山神社のゴンダチ
  2 羽山ごもりと七つ子参り
  3 十三参りと成年儀礼
  4 若者仲間の伊勢参り
第7章 修学旅行のあけぼの
  1 長途遠足と身体鍛錬
  2 行軍から見学へ
  3 女学生と修学旅行
  4 鮮満修学旅行の広がり
第8章 参宮と修学旅行
  1 大義名分となった参宮修学旅行
  2 みやげ物店の記録にみる旅のシステム
  3 終戦と修学旅行の復活
  4 参宮から見学へ
  5 あこがれの「あおぞら号」
第9章 添乗員の活躍
  1 旅行業と添乗員
  2 「集約臨」と必需品あれこれ
  3 各地からの定番コース
  4 教職員の研修旅行
  5 修学旅行専用電車の登場
Ⅲ 親睦の旅
第10章 戦後復興と団体旅行
  1 慰霊の旅からの再出発
  2 少なかった旅行機会
  3 メーカーの招待旅行
  4 信用金庫の積立旅行
  5 国鉄共催の周遊旅行
第11章 海外旅行の大衆化
  1 戦後の海外旅行再開と「自由化」
  2 「自由化」まもないころのチャーター旅行
  3 定番みやげとショップビジネス
  4 添乗のスペシャリスト養成
  5 驚きのシルバーツアー
第12章 新婚旅行とアンノン族
  1 旅する女性の二極化
  2 新婚旅行の大衆化
  3 BGの旅
  4 ディスカバー・ジャパンとアンノン族
第13章 地域と旅行業①――昭和初期創業の「山形旅行倶楽部」
  1 洋品店から旅行業へ
  2 戦前のバス旅行
  3 参拝団からの戦後復活
  4 臨時列車の団体旅行
  5 「わが仕事に悔いなし」
第14章 地域と旅行業②――信州伊那の「全日本株式会社」
  1 伊那自動車の「観光貸切課」
  2 「常会」から温泉旅行へ
  3 峠越えの「一泊一夜行」
  4 「諏訪湖を買う!」
  5 小学生たちからの贈り物
  6 この道六〇年の「添乗哲学」
おわりに――日本文化のなかの団体旅行

著者は民俗学の方のようで、以前は旅の文化研究所に所属して『旅と観光の年表』(2011年)の編纂に関わったとのこと。本書は団体旅行の歴史を扱って、総覧的な記述のなかに、著者自身による調査や聞き取りの成果が織り交ぜてあって充実した内容になっている。

どの章もおもしろいのだけど、とくに戦後のことなどは、点として、断片的にあれこれ年配の方から聞いたり、古い映画なんかで見たことのある場面が、線として繫がっていく感覚。バスでの社員旅行であったり、添乗員の苦労であったり、お土産のジョニ黒であったり。江戸時代から昭和にいたる「日本人の生活」の流れを知ることができると同時に、移行期としての平成を経て、大きな断絶が生じたことを感じるところでもある。

[J0376/230625]

小国喜弘『戦後教育史』

副題「貧困・校内暴力・いじめから、不登校・発達障害問題まで」、中公新書、2023年。

1 敗戦後、学校はどう改革されたか
2 混乱の子どもたち―学校と人権
3 教育の五五年体制―文部省対日教組
4 財界の要求を反映する学校教育
5 高度経済成長下、悲鳴を上げる子どもたち
6 一九七〇年前後の抵抗運動―教育の可能性
7 ウンコまで管理する時代
8 政治主導の教育―新自由主義改革への道
9 教師たちの苦悩―新自由主義改革の本格化
10 改革は子どもたちに何をもたらしたか
11 特別支援教育の理念と現実
終章 学校再生の分かれ道

21世紀もぼちぼち四半世紀が過ぎ、現在の目から改めて20世紀や戦後の流れを眺めてみると、今まで見えていた像・暗黙の内に教え込まれてきた像とはずいぶん違ってみえる気がする。やはり、21世紀冒頭までは「戦後民主化の進展」という枠組みが圧倒的に支配していたのだなと思う。もうその図式を中心に語れるような状況ではない。

正確には「戦後学校教育史」となろうか。調べたわけではないが、苅谷剛彦さんの仕事がやや近いかなと思い浮かぶくらいで、類書がありそうでない仕事のように思う。筆者は、子どもの人権保障、産業界の意向の影響、「障害児」の問題を焦点にして、この戦後学校教育史を描き出したといい、その意味では筆者個人の観点や関心が色濃く反映した歴史記述ではある。日本の教育を語る上で必読書とすべきと思うが、同時に、また違った観点からの(そしてこのように手軽に読める)戦後学校教育史がいくつも提示されて、比較検討できるような状況になるといいのだけれど。

[J0375/230623]