Month: March 2023

高岡詠子『シャノンの情報理論入門』

講談社ブルーバックス、2012年。

第1章 情報科学の歴史
第2章 情報とはなにか
第3章 情報の価値?
第4章 通信量を減らす?:情報源符号化定理
第5章 伝言ゲームでは困る──誤りを減らす
第6章 情報科学の歴史の中の情報理論

ノイマンなどと比べると、伝記や解説の少ないクロード・シャノンの情報理論を紹介、ブルーバックスらしいありがたい仕事。著者も書いているけど、シャノンは2001年没で、最近の人なのだよね。

よく教科書などには、シャノンの「通信モデル」の図が出てくるけど、あれだけみても「だから何?」という感想しか浮かばない。シャノンのしたことと言えば、別にあの図を発明したというようなことではなく、通信の数量化および数学的主題化ということなわけだね(シャノンが本当に最初で唯一の人か問題は措く)。

もう少し詳しく言えば、まずは情報を数量化・ディジタル化する基本的な手法や、その価値を数量化する指標(情報エントロピー)を設定。同時に、それを送信するための情報圧縮・復元(符号化)の手法と枠組みを、ノイズの除去の方法を含めて確立したと。荷物のパッキングならぬ、情報のパッキング。

本書で説明されている情報理論の基本ワードを列挙しておく。
ビット/情報エントロピー/標本化・量子化・符号化/標本化定理/情報源符号化定理/相互情報量/通信路符号化定理

ふだんからよく触る人はいいんだろうけど、エントロピーとか量子とか、他の分野で別の意味に用いられる言葉が入っているのは混乱しそう。

[J0347/230327]

E.トッド&Y. クルバージュ『文明の接近』

副題「「イスラーム vs 西洋」の虚構」、石崎晴己訳、藤原書店、2008年、原著は2007年。

日本の読者へ
序 章 文明の衝突か、 普遍的世界史か
第1章 歴史の動きの中におけるイスラーム諸国
  識字化と出生率の低下
  イスラームにおける 「世界の脱魔術化」 か
第2章 移行期危機
  識字化、 出生調節、 革命
  イスラーム諸国の移行期危機
  イスラーム主義と未来予測
  イデオロギー的内容の問題
第3章 アラブ家族と移行期危機
  父系と夫方居住
  シーア派の相続法
  内婚制
  内婚制の心理的・イデオロギー的帰結
  近代化の衝撃
第4章 非アラブ圏のイスラーム女性 ――東アジアとサハラ以南のアフリカ
  マレーシア・インドネシアの妻方居住
  サハラ以南アフリカの大衆的一夫多妻制
  これまでとは異なる移行期危機となるか?
第5章 イスラーム世界の核心、 アラブ圏
  予期せざる、 遅れて始まった移行期 ――識字化と石油収入
  マグレブでの移行期の加速化とフランス
  シリアの遅れと分断 ――スンニ派とアラウイ派
  アラビア半島の異種混合性
  レバノンはヨーロッパの国か?
  パレスチナ人 ――占領と戦争と出生率
第6章 パレスチナ人 ――占領と戦争と出生率
  トルコとイラン
  国家の不確かな役割
  人口上の移行期と国民国家
  宗教、 人口動態、 民主主義パキスタンの人口爆発
  人口動態の正常さと政治的脅威
  アフガニスタンにも触れておこう
  バングラデシュ ――人口過密と出生率の低下
第7章 共産主義以後
  識字化の加速
  中絶 ――イスラーム的ならざる出生調節
  そして幼児死亡率
  バルカンにおけるムスリムの多様化
第8章 妻方居住のアジア
  正常な移行、 停止す
  マレーシア ――イスラーム教よりはナショナリズム
第9章 サハラ以南のアフリカ
  出生率の地域格差 ――民族と宗教
  ムスリム女子の死亡率の低さ
結 論
〈附〉インタビュー 「平和にとって、アメリカ合衆国はイランより危険である。」

15年ほど前、9.11同時多発テロの衝撃もまだ生々しい頃の著作。「イスラームの脅威」という見方に対して、人口動態とその決定因とされる識字率から宗教の過激化現象を説明する。

「今日イスラーム圏を揺るがしている暴力を説明するために、イスラーム固有の本質などに思いを巡らす必要はいささかもない。イスラーム圏は混乱のただ中にあるが、それは識字率の進展と出生調節の一般化に結びつく心性の革命の衝撃にさらされているからに他ならない」(69)

ひとつ有益なのは、ヨーロッパだけに視野を限定せずに、中東やアジア、アフリカの諸国を広く分析の対象に含めていること。

さて、こうしたトッド&クルバージュの分析であるが、イスラームを擁護しているように見えて、実は宗教の高まり自体を過渡的として、いずれ衰退していくものとみる、収斂モデルとしての近代化論≒世俗化論的見解であることに注意すべき。

「原理主義は、宗教的信仰の動揺の過渡的な様相に過ぎない。近年の現象である信仰の弱さの帰結として、再確認の行動が生まれるのである」(53)

「ヨーロッパの近代化を理解するには、次のような長いサイクルを想像することができなければならない。すなわち、識字化、脱キリスト教化、次いで出生率の低下が、当初は宗教別の各地域の間の差異を際立たせるが、その後は収斂に向かうというサイクルである。世界全体の近代化を理解するには、これと同じようなイメージが用いられなければならない」(254)

附録のインタビューから
「政治的危機は、男性の半数が読み書きができるようになった時に、起こります。それに次いで女性の識字化が出生率の低下を招来しますが、それは心性的・文化的近代化を予告するものなのです。……. 私は賭けても良いのですが、イランはかつてのアメリカ合衆国と同様に、宗教的母胎から生まれる民主制の誕生を経験することになるでしょう」(264)

また、ぼんやりとした記憶では、ハンティントンの「文明の衝突」論でも、衝突というモーメント自体は人口学的に説明されていたはずだし、それを除くとわりと多元論に近かったような? そうだとすれば、トッドの方が古典的な単線的近代化論に近いことになる。

[J0346/230324]

志村有弘『役行者のいる風景』

副題「寺社伝説探訪」、新典社選書、2015年。

第1部 役行者伝
 誕生と幼少年時代
 壬申の乱の周辺
 讒言と流罪
 配所の日々と赦免
 日本出国と謎の終焉
第2部 役行者のいる風景
 奈良地方
 大阪・京都・滋賀地方
 東海地方
 関東地方
 東北地方
附 役行者ゆかりの寺院と神社

著者は文学研究者らしく、役小角(役行者)については、いまは角川ソフィア文庫に収められている『超人役行者小角』という書も出版している。

本書は、役小角の伝承・伝説総覧といった内容で、これだけの伝説があるという事実だけでも印象的。役行者は飛鳥時代の人物というが、神話の時代と歴史の時代のあわいにいるところが魅力的。

出自にはまた出雲が絡んでくる。小角の生まれは奈良茅原ということになっているが、父・大角は、出雲の加茂氏の出身だという伝承があるらしい。なお、奈良と出雲の深い関係については、岡本雅享『出雲を原郷とする人たち』(藤原書店、2016年)に詳しい。

ただ、出雲地方に役行者本人の伝説が濃いとは聞いたことがないし、本書で触れられているのも、小角の開基だという三刀屋の古刹・峯寺の存在くらい。本書によると、金山彦と役行者には縁があるというのだが、どうも出雲周辺の金屋子神社の「金屋子」の神は、金山彦より金山姫のほうが主神のように扱われていて、他地方のそれと信仰の形態がちがっている印象がある。

役行者と言えば、印象的なのは一言主との逸話。葛城山の神である一言主を使役させたあげく、それを嫌がるがために崖に投げ入れるなどしたために、一言主は謀反のかどで讒言をして小角を流罪にせしめる。流罪から戻った小角は仕返しに一言主を呪縛して、そのままずっと放置しているという、「そしてカーズは考えるのをやめた」的なこの伝承は、神との関係性について、日本の伝説の中でも異彩を放つエピソードだ。本書著者は、一言主の没落譚は、それを祀っていた葛城氏と天皇家との対立の表現だというのだが、さてどうか。

[J0345/230323]