Author: Ryosuke

浅野智彦『「若者」とは誰か』

増補新版、河出ブックス、2015年。

第1章 アイデンティティへの問い
第2章 それは消費から始まった
第3章 消費と労働との間で
第4章 「コミュニケーション不全症候群」の時代
第5章 コミュニケーションの過少と過剰
第6章 多元化する自己
第7章 多元的自己として生きること
補章 拡大する自己の多元化―世代・時代・年齢

1980年代からの若者の変容を辿る。職業社会学者らしく、安易な若者論や若者叩き自体も相対化しながら、先行する議論のレビューとしても使える。ひとつ参考になったのは、2000年代後半以降における地元志向が、友達志向と結びついたものであるという指摘。

この本が出たのは2015年だが、またここ数年で若者の様子がぐっと変わったような感触がある。その感触とともに、気になっているのは少年刑法犯検挙数の動向だ。1983年の26万をピークに、2010年は10万、2015年は4.8万と急減し、2020年はなんと2万に。新型コロナの影響も大きいとはいえ、すさまじいまでの急減傾向はそれ以前からの動向でもある。これは少年人口自体の減少を計算に入れても凄い「落ち込み」である。犯罪が増えたときにはわーわー議論が増えるが、この数字はしっかり検討するに値するとおもうのだ。

[J0155/210514]

大澤正彦『ドラえもんを本気でつくる』

PHP新書、2020年。

序章 人を幸せにする心をもった存在
第1章 現在のAIはどこまでできるのか?
第2章 ドラえもんはこうしてつくる
第3章 ミニドラのようなロボットを、みんなで育てる
第4章 仲間とつくるドラえもん
第5章 HAIのテクノロジーが日本から世界へ

AIの可能性にも興味があるし、『バッタを倒しにアフリカへ』的なものかなとおもって、割と楽しみに読みはじめたが、途中から違和感。世界がちがっているね。

弱々しくすることで人が助けてあげたくするとか、幼い外見にすることで親しみやすくするとか、「そっち?」という感想。「ドラえもんを本気でつくる」というけど、ドラえもんって本当にそうやってできたロボットなんだろうか。人間の側を誘導するというコンセプトがいかにも認知科学って感じ。著者本人はきっといい人なんだろうけども。

異論を言うと、「ドラえもんを作れないと思い込んでいる人」として片づけられそう。そもそも、ドラえもんって、何だっけって話。藤子F先生ならなんて言うだろうか。

ただ、現実問題として、現在実現しているロボットの主要な用途のひとつが、愛玩だというのはちょっとおもしろい事実。人間の社会性が向ける対象として、テクノロジー的に「完成」している必要はない。ぬいぐるみだって精巧でさえあればいいわけじゃない。それとは別に感じられる魅力があるわけで、それはどこまで一般化できるだろうか。

[J0154/210502]

橋本治『二十世紀』

ちくま文庫、上・下巻、2004年。原著は2001年で、もとの原稿は1996年からスタートしているらしい。総論のあと、1901年から一年ごとのエッセイ100本。書いている橋本さんはそれなりに楽しそうではあるが、なんだかふしぎな本だ。編集者の人が発案した企画ということか。例によって、橋本治一流の「みもふたもない」視点で20世紀という時代を評する。

――「必要な物は作る、必要じゃないものは作らない」。こういう原則を確立しないと、このイライラとした落ち着きのない世界は、平静にならない。手っ取り早く言ってしまえば、私は、産業革命以前の「工場制手工業」の段階に戻るべきだと思う。(「総論」)

――日本は、中国との戦争を始めるために国家総動員法を用意したのではない。戦争にあらざる戦争=事変を始めて、それがどうにもならないから、国家総動員法を出すのである。日本のファシズムは、やる方にも明確なポリシーがない。「一歩踏み出した以上もう後戻りは出来ない」だけで前に進むから、いつの間にかとんでもないことになってしまっている。気がついたら完了形である。(「1940」)

――「ソ連の支配力が弱まれば東ヨーロッパの社会主義が壊滅する」ということは、つまり、東ヨーロッパに「思想対立」なんかなかったということである。あったのは「ソ連の東欧支配」と、それに由来する「東西対立」だけだ。支配者ソ連が社会主義国だったから、ここに自由主義と社会主義の思想対立があったように見えた。ただそれだけである。(「1949」)

――1969年に、「思想」はその役割を終えた。「思想」は「豊かさ」を作り、その豊かさの中で「思想」は不必要になった。1970年から始まるのは、「思想」を必要としない「大衆の時代」なのである。(「1969」)

――〔公害問題や女性問題の登場について〕「思想」は消え、そして、解決を求める「問題」が新たに浮上する。1970年はそんな年である。(1970)

――人民寺院とイスラム原理主義の並ぶ1978年から79年にかけて、クローズ・アップされるべきものは、「宗教」ではない。拾い上げられるべきは、「アメリカ的豊かさへの異議」であり、「生き方をめぐる思想の対立」なのだ。(「1978」)

――偉大なる四番打者・長嶋茂雄は、決して有能な監督ではなかった。それは、多くの人が知っていた。しかしその彼は、国民的な歓喜の中で監督に復帰した。日本人は、「相変わらず」がお好きなのであろう。(「1992」)

――日本の教育に歴然たる暗雲が垂れ込めたのは、「いじめ問題」がクローズアップされた1980年代である。しかし、それは “教育の問題” ではない。日本の社会が子供達に明確なる未来を教えられなくなっていたという、日本の退廃と重ねられてしかるべきものである。……日本の社会を動かしている人間達は、自分達のなすべきことで手一杯になっていた。そこに “未来” への展望はない。いつの間にかゴールを欠いて、しかし少年達を乗せたベルトコンベアは動き続けていた。動いていればこそ、そのベルトコンベアは “破綻” を示さない。しかし、そのベルトコンベアの先には、なにもないのだ。それが、20世紀最末年の日本である。(「2000」)

[J0153/210501]