Author: Ryosuke

幸福の哲学

アンドレ・コント=スポンヴィル『幸福は絶望のうえに』(木田元他訳、紀伊國屋書店、2004年)、青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』(太田出版、2016年)。

コント=スポンヴィルの方は直線的にひとつの幸福理解を示し、青山の方は多くの幸福論とは一線を画して周到に幸福の哲学的考察を進める。青山本は、この主題をめぐる論点を網羅している点でも価値がある。

が、どちらも夢中に読んだというわけではない。それは、自分が考えたい問いが「いったい、幸福ということばを使う必要はあるのか」「あるとすれば、それはどんな場面であろうか」というものだからである。青山の本は「幸福はなぜ哲学の問題になるのか」というタイトルだが、この問いについては問うているようにはみえない。自分が簡単に読みすぎているからだろうか。

[J0011/170522]

魂を統治する

ニコラス・ローズ『魂を統治する』(堀内進之介・神代健彦監訳、以文社、2016年、原著初版1989年)。

フーコーの主体性の系譜学を平易なかたちで応用した研究。「はじめに」の文章は、もっともシンプルなフーコー解釈としても読める。

自分として整理すべきひとつの論点として。統治をする側の主体というのか権力の担い手とでもいうべきか、それが特定できないところまではとりあえず良いとして、こうした構図内に近代国家権力をどのように位置づけたら良いものか。国家権力は主体化する権力そのものでもないわけで、じゃあそれがどんな関係にあるのかが、この本をざっと読みしただけでは分からず。フーコーにおいても同様。

ローズの著作では『生そのものの政治学』も邦訳がある。そちらもまたいずれ。

[J0010/170522]

借りの哲学

ナタリー・サルトゥー=ラジュ『借りの哲学』(高野優監訳、小林重裕訳、太田出版、2014年、原著2012年)。

この主旨の話、どこかで読んだことがあるけども、どこだったか思い出せない。資本主義の論理に対置されるところの人間関係の論理、というので関心のある話だが、だから自分にとっては新しくない。似た視点のものでは、ケアの倫理をめぐる一連の議論の方が、現実的な場面を想定してる分、主張に鋭さがある。この本は、平易に書かれているので、啓蒙書としては良いとは思う。

[J0009/170522]