Category: Japanese Articles

松岡正剛『擬』

春秋社、2017年。

 抱いて/放して
 きのふの空
 エクソフォニー
 顕と冥
 予想嫌い
 レベッカの横取り
 模倣と遺伝子
 ミトコンドリア・イヴ
 歴史の授業
 アーリア主義
 猫の贈与
 お裾分けの文化
 カリ・ギリ・ドーリ
 タンタロスの罪
 「なる」と「つぐ」
 孟子伝説
 面影を編集する
 擬
 複雑な事情
 マレビトむすび

すごく久々に、もしかしたら20年ぶりぐらいにセイゴオさんの本を読んで楽しかった。その間、自分はアカデミックな世界に染まってしまったので、もちろんその目からは突っ込みを入れたくなる箇所はある。でも、いま改めて読んだら不愉快に感じるようになった、ということはなく、昔の古い知り合いみたいに安心した。

セイゴオさんには不本意かもしれないけど、内容以上に文体を読んでいるんだなと思った。これだけあちこちから引用を散りばめたら嫌みになりそうなものだが、短く簡潔な文章で畳みかけて鈍重にならない。その箇所その箇所でセイゴオさん自身が掴んでいるもの、読者をそこに連れていきたいものの有りかがはっきりしていて、引用が自己目的にならないことも、そこに与している。

頭のマッサージのように読んで、それで一節二節、脳裏に残ってふと思い出しなどすればいい。マッサージするメディア。

[J0125/210118]

リン・ハント『なぜ歴史を学ぶのか』

長谷川貴彦訳、岩波書店、2019年、原著2018年。カリフォルニア大学やペンシルバニア大学で教えていた著者には、『フランス革命の政治文化』など、邦訳された著書も多い。ウィキペディアを覗いてみると、彼女はもともと1945年にパナマで生まれたらしい。

第1章 空前の規模で
第2章 歴史における真実
第3章 歴史をめぐる政治学
第4章 歴史学の未来

エリートのものだった歴史学が次第に民主化してきたとしつつ、歴史の捏造や修正主義、記憶の政治学、教科書論争、さらにはヨーロッパ中心主義とグローバル・ヒストリー、ジェンダー問題といった、歴史をめぐるいまいまの諸問題を概観する。

歴史学の現在を考えるには格好の小著であるが、「なぜ歴史を学ぶのか」という問いに対し原理的な考察が為されているとは言えず、むしろ今日歴史学が置かれている諸条件を見渡した本として受けとめた。原題は「歴史はなぜ重要か」History: Why It Matters とのことで、ちょっと意訳して「歴史がなぜいま問題になっているのか」ぐらいに訳した方が内容には合いそうだ。

[J0124/210112]

山田康弘『縄文時代の歴史』

講談社現代新書、2019年。帯には「最新の知見で描く、「縄文時代」の通史、決定版!」とある。しばしば歴史ロマンの対象になることで、批判されがちな「縄文時代上げ」。この著者自身、『つくられた縄文時代』という書も著している。たしかにおかしな理想を投影することやその後の日本文化に安易に接続することには注意を払って、より正確な歴史認識を求めねばならないのはたしかだが、でもこうやって読んでみると、ロマンあるよやっぱし。

「縄文時代では、石鏃や石匙などの鋭い刃物類には打製石器を用いたが、石斧や石皿の他、石棒や石冠などの呪術具に磨製石器を多く使用している。その意味では、縄文時代は新石器時代に含まれる。しかしながら、ヨーロッパやアジア大陸では、新石器時代に農耕や牧畜が起こり、その後の社会も大きく発展したことから、これを「新石器革命」と呼んで、この時代を特別視することがある。その基準からすると、縄文時代には確実な農耕や牧畜の存在が確認されていないため、新石器時代にはあたらないことになってしまう。しかし本書で述べるように、縄文時代には一メートルにも及ぶ柱材を使用するような大型建物をつくる建築技術があり、クリ林の管理や漆工芸などをはじめとするきわめてすぐれた植物利用技術があり、各地の環状列石や土偶などに見られるように複雑な精神文化があった。農耕・牧畜はなくとも、十分に「新石器革命」に比肩できる内容を持っており、むしろ日本列島域に展開したユニークな新石器時代として捉えるべきと、私は考えている」(13)。

「縄文人は、その顔つき、体つきともに世界史的な視点から見た場合、じつにユニークな形質をもっている。どういうことかと言うと、同じ時期の東アジアはおろか世界中のどこを探しても、縄文人と同じ顔、姿形(形質)を持った人々がいないのだ。一時期、中国の柳江人との類似性が指摘されたこともあったが、柳江人は旧石器時代人であり、両者の年代は大きく異なる。また、細かな地域差・時期差が指摘されているとはいえ、縄文人の大まかな形質は、北海道から九州まで、少なくとも人骨が見つかっている早期から晩期前半までの間は、ほとんど同一と言ってよい。このこと縄文人が、ジャパンオリジナル、すなわち日本で形成された独特の人々であったことを意味しているとともに、縄文時代においては、日本列島域以外の他地域から形質を大きく変化させるほどの規模の人的流入および混血がなかったことを指し示す」(59-60)。

ふむ。で、本書の構成。

プロローグ 縄文時代前夜
第1章 縄文時代・文化の枠組み
第2章 土器使用のはじまり 草創期(1期)
第3章 本格的な定住生活の確立 早期(2期)
第4章 人口の増加と社会の安定化・社会複雑化の進展 前期・中期(3期)
第5章 精神文化の発達と社会の複雑化 後期・晩期(4期)
エピローグ 縄文時代・文化の本質

縄文時代は大きく六つに分けられ、草創期と早期で三分の二を占めている。一方、一般に縄文文化の典型と捉えられる中期以降はその残り期間にすぎない。
草創期:1万6500年前~1万1500年前
早期:1万1500年前~7000年前;貝塚の形成。
前期:7000年前~5470年前;縄文海進。大規模な集落も。
中期:5470年前~4420年前;さらに人口増加。土器や土偶の多くが。
後期:4420年前~3220年前;平等社会と異なる状況も出現。
晩期:3220年前~2350年前;亀ヶ岡文化。弥生文化との関係が争点。

以下、墓制に注目した抜き書き。

縄文時代の墓は、その文化が地域的に時代的にもさまざまであったことに対応して、いろいろなものがあった。土坑墓、配石墓が代表的で、複葬(再葬)や土器棺墓、多数合葬、周堤墓の例もある。また、抱石葬や甕被り葬、頭部が持ち去られた遺体の例も確かめられている。埋葬小群と呼ばれる墓地には、数世代続けて家族が埋葬された形跡がある。

従来注目されてきた屈葬については、案外例が少ないと著者は指摘する(211)。墓域が集落の中心にある場合があることからも(ただし後晩期になると集落の外に墓地遺跡が作られる傾向が強くなる)、著者は「縄文時代の人々は、さほど死んだ人の霊を恐れていなかったと考えている」(212)という。著者は縄文人が円環的死生観を持っていたことを推定しているが、これはなかなか難しい問題だろう。

さらに著者は、後晩期における合葬や大型配石遺構の形成から、「縄文時代の後晩期には、これまで以上に系譜的な関係が重要視され、祖霊祭祀が活発化したのである」(272)としている。

縄文時代の墓制については、かつて岡村道雄『日本の歴史01 縄文の生活誌』(講談社、2002年、文庫版2008年)で勉強したことがある。本書の記述とそれほど齟齬はないとおもうのだが、多くの参考文献が掲載されているこの本にまったく岡村氏への言及がなく、あたまから無視されているのはなぜなのだろうか。神の手問題の絡みとか? 岡村本は概説書だから、オリジナルの知見ではなかったということだろうか?

[J0123/210102]