Category: Japanese Articles

奥山倫明『制度としての宗教』

晃洋書房、2018年。

第I部 近代日本と「宗教」の位置
第1章 制度としての「宗教」
第2章 「政教分離」を再考する
第3章 宗教・教化・教育

第II部 制度のなかの神社と神道
第4章 「国家神道」をめぐる近年の議論
第5章 皇室祭祀と国家の聖地
第6章 神社行政と宗教行政
第7章 近代創建神社とその周辺

第III部 戦後の状況へ
第8章 岸本英夫の昭和20年
第9章 占領期までのキリスト教

各主題について従来の議論をまとめている。第四章、国家神道について、村上重良、井上寛司、畔上直樹、島薗進。第七章、近代創建神社、別格官幣社について、岡田米夫。生祠について、加藤玄智。第九章「占領期までのキリスト教」では、マッカーサーとキリスト教の関係を取り上げる。

[J0084/200908]

川島秀一『安さんのカツオ漁』

冨山房インターナショナル、2015年。著者には、漁関係にかぎっても『漁撈伝承』『カツオ漁』『追込漁』といった仕事がある。前半は「一人の船頭の半生から見た、カツオ一本釣り漁の書」で、後半は日本全国(さらにはソロモン)におよぶ著者の旅日記でもある。

Ⅰ 久礼への旅
Ⅱ 絵馬に描かれたカツオ漁
Ⅲ 安さんのカツオ漁―昭和のカツオ漁民俗誌
Ⅳ 「餌買日記」に描かれたカツオ漁
Ⅴ 震災年のカツオ漁
Ⅵ カツオ漁の風土と災害
Ⅶ カツオ漁の旅

柳田自身は『海上の海』の世界へ辿りついていたが、民俗学は稲作中心で進んできたとはよく言われること。やはりこの書で描かれている海を介した世界の広がりは、内陸からみる風景とは異なっている。

もうひとつは時代のこと。民俗学は死につつあると言われて久しく、ニューウェーブ民俗学といった花火が打ち上げられたりなどしてきたけど、これだけのフィールドワークがなお可能だということを本書は示している。花火を打ち上げる人に比べて、こちら側の人たちは黙々と仕事をするから目だたないのだけれども。

ここでたどっている形態のカツオ漁自体、時代で言えばそう「伝統的」なものではない。ところが、そこにまさに民俗的なものが流れこんでくるところがおもしろい。祈り、供養、それから著者のもうひとつの研究主題である、巫女や拝み屋。あるいは若者組や擬制家族のような組織との関係。こういったことを著者は、さりげなく、しかししっかりと書き記していく。

[J0083/200907]

名越護『鹿児島藩の廃仏毀釈』

南方新社、2011年。神仏分離150年シンポジウム実行委員会『神仏分離を問い直す』を読んだ流れでポチる。

1章 廃仏毀釈以前の他藩では
2章 廃仏前夜の日本情勢
3章 鹿児島藩の一向宗(浄土真宗)禁制
4章 鹿児島藩の廃仏毀釈
――廃仏毀釈余話
――鹿児島藩の廃仏毀釈関連年表
――鹿児島県主要廃寺一覧

もともとは記者の方とのこと、研究書然とした本ではないが、その分取りつきやすさもある。鹿児島藩独特の事情として、隠れ念仏の話題や「法華宗の島」種子島の話題などにも触れる。なぜ鹿児島藩で廃仏毀釈が苛烈だったのか、ひとつの理由として、郷士が宗門改の役割を果たしていて寺院との繋がりが希薄だったとの指摘(79、中村明蔵『薩摩民衆支配の構造』に言及)。

ただ謎なのは、鹿児島は今でも墓参りが盛んな土地というイメージがあるけれども、それがどうもこの土地での廃仏の激しさと結びつかない。明治二年に藩主が「中元・盂蘭盆の禁止」を通達しているけど、それが逆に正月に墓参りをする風習を生んだとか? これはまったくの推測、依然謎多し。諸国風俗問状あたりに薩摩の記述はなかったろうか。

[J0082/200904]