Page 231 of 241

山本太郎『感染症と文明』

岩波新書、2011年刊。
プロローグ 島の流行が語ること
1 文明は感染症の「ゆりかご」であった
2 歴史の中の感染症
3 近代世界システムと感染症
4 生態学から見た近代医学
5 「開発」と感染症
6 姿を消した感染症
エピローグ 共生への道

 感染症の歴史については、ウィリアム・マクニール『疫病と世界史』のほか、ベストセラーになったジャレド・ダイアモンド『鉄・病原菌・鉄』などがある。対してこの書は、著者がたんに歴史学者ではなく、感染症研究者であるところに妙味。

――急性感染症は隔離された小規模な人口集団では流行を維持できない(19)。しかし、ヒト以外に宿主をもつマラリアのような感染症は、小規模な人口集団の狩猟採集民であった初期人類にも存在していた可能性が高い(20-21)。

――農耕定住社会への本格的移行は感染症を増大させた。まず、定住は、集積された糞便やその肥料としての再利用によって、回虫症や鉤虫症といった寄生虫疾患を増加させた(34)。また、貯蔵された余剰食物はネズミなどの小動物を増加させ、ネズミについたノミやダニに媒介されたライム病や野兎病、ツツガムシ病やペストを発生させた(34)。さらに、野生動物の家畜化は、ウシから天然痘、イヌから麻疹、水禽からインフルエンザ、ブタあるいはイヌから百日咳といったウイルス感染症をヒト社会に持ち込んだ(35)。

――メソポタミア文明にはじまる一定の人口規模以上の文明は、たびたび急性感染症に脅かされた。しかし、急性感染症の存在が、文明の中心地を狙う周辺の人口集団に対する生物学的障壁として働いた可能性がある(44)。文明は、文明の拡大を通して周辺の感染症を取り込み、みずからの疾病レパートリーを増大させる。そうして取り込んだ感染症は、その後文明を守り拡大するための強力な防御壁や武器として働いた(54)。

――マクニールや川喜田二郎は、カースト制度にはもともと感染症の回避という意図があったという説を展開している(50-51)。実際はその効果は両義的で、カーストのような選別的興隆が強化された社会では、流行初期に感染がより早く拡大するが、最終的な流行規模は小さくてすむ。しかし、カラアザールのように、カースト制度が感染症の温床となったケースもある(52)

――750年前後から11世紀までの300年間、ペストは急に姿を消す。その理由に、気候変動やそれによるクマネズミの生息域の変化をあげる研究者もいる(60-61)。

――1348年のペスト流行の後、ヨーロッパが文化的復興を迎えたことはよく語られている。それだけではなく、このペストの流行を境に、ハンセン病患者が減少し、結核患者が増加した。その正確な理由は不明である(69-71)。その後、1720-22年にマルセイユでペストが流行したのを最後に、その爆発的流も終わりを告げる。この理由も謎である(73)。〔感染症の歴史では、流行と衰退について理由が不明という記述が多い。この領域では分かっていないことも多いようだ。〕

――マラリアの特効薬であるキニーネの原材料であるキナ属植物は、南アメリカのアンデス地方に自生する植物である。新大陸のこの植物が、ヨーロッパによるアフリカ植民地化を助けることになった(102)。

――ポリオは人類にとって古い病気であるが、その大規模な流行は二〇世紀以降にはじめてみられた。一説に、衛生状態が悪いときは、母親からの抗体が効果を持つ乳幼児がポリオに感染していたが、衛生状態が改善するにつれ平均感染年齢が小児にまで上昇し、麻痺をともなう発症数が増えたのかもしれない(131-132)。

――ダム建設などの開発によって引き起こされる「開発原病」(146)。

――マクニール、「カタストロフの保全」。防災の努力が、結果としてより甚大な災害へと繋がる可能性(193-194)〔→大熊孝『洪水と治水の河川史』に同主旨の主張〕。「同様に、感染症のない社会を作ろうとする努力は、努力すればするほど、破滅的な悲劇の幕開けを準備することになるのかもしれない」(194)。「しかし共生は、そのためのコスト、「共生のコスト」を必要とする」(194)。

――集団への感染や集団免疫を語る際に基本再生産数が問題にされるが、ある集団内に異なる性格の小集団が存在し、そのあいだで基本生産数が異なる場合に、平均としての基本再生産数を取り上げることに意味がない(199)。

[J0022/200401]

山本太郎『新型インフルエンザ』

岩波新書、2006年刊。
1 いま私たちの住む世界
2 歴史のなかのインフルエンザ
3 ウイルスとの共生を考える医学へ
4 新型インフルエンザにどう対応するか

・インフルエンザには、遺伝子の部分的変異による季節性の流行と、大きな変異による新型インフルエンザの世界的流行とがある。新型の流行は、20世紀には、1918年スペイン風邪、1957年アジア風邪、1968年香港風邪があり、次の流行がまた予測されている(24-26)。

・インフルエンザを疑わせる記録は紀元前412年、ギリシャ時代のものというが、症状から考えると1173-74年にかけての記録が最初であり、1580年のものはおそらく世界的流行であった(48)。18世紀に入るとより詳細な記録が現れる。

・症状が激烈で被害が甚大であったスペイン風邪は1918-20年に生じた。スペイン風邪という名称の由来は不明で、流行はアメリカからはじまった(51-52)。季節性のインフルエンザと異なり、スペイン風邪は10~30歳代の若者のあいだで死亡率が高かったことから、社会の機能不全を引き起こした(56)。スペイン風邪は、アフリカそれからインドでも激甚な被害をもたらし、全世界で4880万~1億人の死亡者が出たと推計されている(69)。

・水鳥はA型インフルエンザに感染しても通常無症状であり、そのことからウイルスが水鳥のなかに安住の地を得ている(102)。トリ型とヒト型のインフルエンザ双方に高い感受性をもつブタの体内で、キメラウイルスが発生し、そこから新型インフルエンザが出現する(104)。

・インフルエンザのウイルス構造蛋白のうち、HA蛋白の解裂部分にあるアルギニンの数が、細胞への感染を規定している。HA蛋白の解裂部分にアルギニンがひとつしかない場合は、その解裂・活性化は、ヒトの場合気道上皮細胞に存在する酵素によってしか引き起こされない。これを弱毒型インフルエンザウイルスという。一方、アルギニンの繰り返し配列が存在する場合は、全身の細胞で解裂・活性化すなわち感染が可能になる。あらゆる臓器に障害を生じさせうるこうしたインフルエンザウイルスを強毒型という。過去の新型インフルエンザウイルスは、すべて強毒型には変化しない低病因性のインフルエンザウイルスによるもので、これはひとえに幸運である(108-110)。

・ウイルスは、感染効率や致死率が高く、潜伏期間が短ければ短いほど、宿主を消耗尽くして自ら消滅する可能性が高くなる。

・HTLV-1というウイルスは白血病発症をもたらすが、潜伏期間が50-60年あるため、1万年にわたってヒトに感染し続けてきた。しかし近年、このウイルスが消滅しようとしている。この消滅は、新たなウイルスや変異をもたらす可能性がある。「平均的な潜伏期間が100年を超えればどうだろう。ヒトとの完全な共存が可能かもしれない。さらに平均的な潜伏期間が200年を超えれば確実に共存は可能となるだろう。そうした可能性を秘めたウイルスの消滅はある意味で人類にとっての大きな損失かもしれない。病気を引き起こさないウイルスは、新たな毒性の強いウイルスがヒト社会へ侵入する際の防波堤となってくれる可能性があるからだ。このことは、エイズについてもいえる」(130)

・「医療生態学的な視点からみた場合の一つの理想は、インフルエンザウイルスを根絶したり、あるいはインフルエンザウイルスと存亡をかけた闘いを行ったりするのではなく、致死率の極めて低い(あるいは理想的には致死率がゼロの)新型インフルエンザウイルスが周期的に流行をし、そうしたウイルスを私たちヒトが制御できる状態を確保するということかもしれない。そうすれば、新たな道のウイルスがヒト社会に出現するための生態学的ニッチをウイルスに与えることなく、つまり将来にわたる潜在的リスクを増大させることなく、現在の社会的リスクを最小化することができるかもしれない」(133)

[J0021/200331]

『感染症と闘う』

岡田晴恵・田代眞人『感染症と闘う』(岩波新書、2003年)。15年以上前の情報であることには注意。
 序 新型インフルエンザとSARSの衝撃
 1 インフルエンザと「かぜ」とはちがう
 2 新型インフルエンザの脅威
 3 インフルエンザワクチン
 4 SARSの流行と対応
 5 成人麻疹
 6 風疹と先天性風疹症候群 

・雑多な原因や症状からなる「かぜ」と、より重篤になりやすく危険なインフルエンザ(流行性感冒)は区別される必要がある(6-7)。アメリカでは、第一次大戦のときの経験から、インフルエンザを敵視する傾向があり、イギリスやアメリカではかぜとインフルエンザを cold と flu とより明確に区別している(7)。

・冬におけるインフルエンザの流行には湿度の低さが関係していると考えられているが、亜熱帯地方や熱帯地方の流行パターンはこれに当てはまらず、なお謎が残されている(12-13)。

・細菌は二重鎖DNAを備えた独立した生物であるが、ウイルスはDNAかRNAのどちらかしか持っておらず、自身でタンパクを合成する機能もない(16)。この性質から突然変異が頻繁に生じる(20)。

・新型インフルエンザが発生しやすいのは、トリ、ブタ、ヒトが共存する環境で、過去の新型インフルエンザのほとんどが中国南部で登場している(48)。1957年のAアジア型、1968年のA香港型がそれである(52-53)。

・インフルエンザにかかると、第一に高熱が出るが、これは発熱によって高温に弱いウイルスの増殖を抑えようとする生体防御反応のひとつである。39度の熱で、インフルエンザウイルスの増殖は37度のときの10分の1となる(110)。高熱は体力を消耗しさまざまな障害を起こすが、宿主側の抵抗手段でもあるので、安易に解毒剤や抗炎症剤を使用すればいいともかぎらない(111)。

・インフルエンザワクチンの効果は100%のものではなく、ワクチンを接種した集団と接種しない集団を比べて「どの程度」危険を減らせるかという相対危険で評価している。このことがワクチンの効果に対する理解の壁となっている(129)。また、インフルエンザと「かぜ」が区別されていないことも、ワクチンの効果に対する不信感につながっている(129)。ワクチン接種によってごく一部に副作用や事故が生じることは否めない。ただ、予防接種法では、健康被害者をなるべく救済するという方針から「ワクチン接種との因果関係が否定できbない」場合には、広く補償の対象とされているため、とくに高齢者においてワクチンとは無関係な心筋梗塞などの死亡例も、補償の対象となり副作用事例の数字に加えられている。こうした行政判断とワクチンの科学的評価とのちがいが、ワクチン政策に対する誤解を生んでいる側面もある(134-135)。

・2003年、世界各地に広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)は、香港九龍地区のメトロポールホテルのひとりの宿泊客から感染伝播することになった。この人は、広東省広州の病院でSARS患者の治療にあたっていた64歳の医師であった(156)。HIVの場合、その病因の同定には2年を費やしたが、SARSは世界的な研究組織が立ち上がって一ヶ月でそれが新型コロナウィルスであることが突き止められた(174)。

・麻疹(はしか)は過去の病気ではなく、日本は麻疹の輸出国としてしばしば国際的に非難されている。麻疹の免疫は終生のものではない。麻疹は強い免疫抑制を生じるため、二次感染による合併症を生じる。成人の場合免疫抑制は回復後も長く続き、風邪をひきやすくなったり、花粉症が治ったりすることがある(226-227)。(ここ数年よく言われているが)妊婦がかかると先天性風疹症候群を引き起こす風疹も問題であり、風疹ワクチンは安全性が高いこともあって、積極的なワクチン接種が推薦される。

[J0020/200330]