Category: Japanese Articles

高野光平『発掘!歴史に埋もれたテレビCM』

光文社新書、2019年。日本初の民放、日本テレビが開局したのが1953年と。著者ら研究者チームは、その時代からのものを含むテレビCM、1万8000本をデジタルアーカイブしたとのこと、それはたいへんに貴重な資料であり仕事。この本自体は、特定のテーマで分析をする研究書というわけでもなく、昭和30年代のCMのあれこれを紹介する読み物。

そのアーカイブは、立命館大学アート・リサーチセンター所蔵「20世紀のテレビCMデータベースというもので、映像の権利者との関係もあって、申請および審査が必要。承認されると、データベース自体は外部からでも閲覧できるシステムだとのこと。

なお、このアーカイブに関わる研究成果論集として『テレビ・コマーシャルの考古学』(世界思想社、2010年)も出版されている。

[J0058/200724]

神崎宣武『わんちゃ利兵衛の旅』

河出書房新社、1984年。もともと雑誌『あるく・みる・きく』に掲載されていた紀行文を元に、調査を重ねて書かれた書。副題、「テキヤ行商の世界」で、「わんちゃ」すなわち茶碗の行商人、利兵衛のライフヒストリーを中心に、テキヤの世界を活写する。

本書が出版された昭和59年と言えば、もう高度成長も経過して、経済大国日本を称していた頃。それでもまだ、こういう世界の跡をたどることができたのだな。利兵衛への聞き取りは昭和52年という。そのとき利兵衛は85歳というから、1892年頃生まれだろうか。

宮本常一ゆずりの、抑制の効いた、しかし確実にその世界の細部に迫る視点が素晴らしい。いや、宮本ほど個性的ではないかもしれないが、あえて一歩ひいてテキヤの世界の記述に徹しつつ、バランスの取れた周辺情報への目配りを欠かさない姿勢は、ある意味では宮本のもの以上に役立つ仕事とも言える。そして、一級の生活民俗や社会史の学問的記録でありながら、ずっと読んでいられる、この世界に浸っていられる、この感じ。ひそかに神崎氏の追っかけ(?)をしている身としては、『峠をこえた魚』のときと対象との距離感がちがっていて、それより一歩二歩引いた場所から記述しているところもおもしろい。

テキヤの世界については、その平等主義が印象に残る。「わしらは、親分も若い衆もひっくるめてダチ(仲間)という気分が強い」(36頁)。一家の親分と若い衆の関係も、商売に関しては同等だという。テキヤ社会には世襲制度がない。上納制度もない(!)。組織からの脱退にすらとがめがない。

著者が聞きとった利兵衛の話によれば、テキヤにとっては特に大事なことは三つ、「バヒハルナ」「タレコムナ」「バシタトルナ」。「バヒハルナというのはバイヒン(バヒ=売上金)をごまかすな、ということじゃ。タレコムナは、ダチを売るな、密告するなということ。バシタトルナというのはダチの女房をコマすことをするな、つまり、女犯禁止であるわのう」(38頁)。

[J0057/200713]

藤原辰史『戦争と農業』

インターナショナル新書、集英社、2017年。最近活躍が目立つ歴史学者の、一般向け講演をまとめた本。『トラクターの世界史』もよかったが、一般向けの講演をもとにしているだけ、こちらの方が自由な視野で論じていておもしろい。農業技術と戦争との関係を扱ったこの本の第1講・第2講は新しい洞察に満ちていて、このテーマで最後まで書き通していてくれたら、良書を超えて名著だった。歴史学の枠を越えた先行研究のチョイスも含めて、なるほど、こういう学者もいるんだなと感銘を受けた。

第1講 農業の技術から見た二十世紀
第2講 暴力の技術から見た二十世紀
第3講 飢餓から二十世紀の政治を問う
第4講 食の終焉
第5講 食と農業の再定義に向けて
第6講 講義のまとめと展望

[J0056/200620]