Month: January 2024

ジョルジュ・ルフェーヴル『革命的群衆』

フランス革命期における人びとの集合心性の問題をとりあげた、1932年の古典的論文。二宮宏之訳、岩波文庫、2007年。

序論
1 純粋状態の群衆、または「集合体」/「半意識的集合体」/「結集体」への突然の変容
2 革命的集合心性
3 「集合体」ならびに「結集体」の固有の作用
結語:カギとしての「集合心性」

とくに焦点となっているのは、「大恐怖」とも呼ばれる、革命初期に生じた農村での群発的蜂起のことである。革命の意識にめざめた人びとが立ち上がることでこうした動きが生じたという見方に対して、ギュスターヴ・ルボンは、行動の感染によって形成された「群衆(foule)」 の集団心理にそれが起因するという見方を提示した(『群衆』1895年および『フランス革命と革命の心理学』1912年)。

このふたつの見方のうち、ルフェーヴルの見方は、後者に近いようにみえるが、そうでない。ルフェーブルは、集団が「動物的」あるいは本能的な行動をとるというルボンの見方を否定して、日常生活における夜の集いの語らい・ミサ・祭りといった場面での心的相互作用が特定の「集合心性」を形成し、それが蜂起の際に働いたという第三の見方を提示している。

彼は、こうした集合心性を共有した人びとの集まりを、ルボンのいう「群衆(foule)」 と区別して、「結集体(rassemblement)」と呼んでいる。ルボンの集団的行動パターンとは異なり、ルフェーヴルの集合心性は歴史的に形成されるものであるところにポイントがある。この見方は、その後の「社会史」の流れの基本線になっていると言っていいだろう。

なお、ルフェーヴルは「行動の伝染」が存在すること否定してはおらず、行動の伝染や集合心性の形成について、メスメリズムの語を援用して「生理的磁気作用(magnétisme physiologique)」 といった表現を用いてもいる(p. 64)。これら集合心性の働きは、深層心理学における深層心理概念に例えると理解しやすいだろう。深層心理と同様に、集合心性は、その人がそれと意識しない領域で、人の行動を決定的に左右している事象であると言える。

集合心性の内容面での議論では、「平準化(nivellement)」 の話がおもしろい。これはある種のステレオタイプ化の働きである。「ひとひとりの農民が、それぞれの特別の事情で背負わされていたかもしれないような苦情の種が、全部ひっくるめて領主の責任とされるようになり、さらにそれがすべての領主の属性と考えられるようになっていく」(41)。「抽象化によって「典型的領主」なるものが構成され、その結果、個々の領主の個別的な特徴は次第に捉えがたくなるのであり、たとえある領主が個人としては穏健な面や寛大な性格を示していても、それを次第に考慮しないようになってゆくのである」(41-42)。

他方で、苦しむ階級については、楽天的で有徳の存在としてイメージされがちであると。「そのようなわけで、社会的善を実現し人類の幸福を保証するためには、敵対階級を根絶しさえすればよい、ということになる」(46)。

分量としてはごく小篇だが、いろいろと、想像の膨らむ議論である。とくに、集合心性の形成に関する日頃からの「語らい」や「集い」の重要性について、フランスに対する日本はどうだろうか、とか、あるいはネット時代にそうした「語らい」や集団心理のありようはどうなるだろうか、などなど。

[J0449/240108]

嵩山と枕木山の因縁

僕の近所のお気に入りスポットの話。松江市の東側に嵩山(だけさん)という山があって、331メートルしかない低山だが、山頂から西を眺めると宍道湖、北を眺めると大橋川、東を眺めると中海と大根島を見渡すことできる、なんとも気持ちのいい山で、山頂には『出雲国風土記』の多気社に比定されている布自伎美神社が鎮座ましている。

島根県教育会編『島根県口碑伝説集』(島根県教育会、1937年)所収の「枕木山の縁起」を読んでいると、その中に嵩山も登場。枕木山の縁起物語自体、山神やら弥勒やら薬師やら最澄やら、さらには天狗までがキャストされていてたいへんおもしろいのだが、ここでは嵩山の部分を取りあげて。

枕木山の開祖となった智源上人は、桓武天皇の支流で隠岐に流罪となっていたが、神仏に命を助けられて出家し、枕木山に住んでいた。隠岐に残されたその妻子が夫を訪ねようとするが、山霊の障りにはばまれて夫のところに到達することができなかった。そこで「せめて夫の居る方を望み見んと、それから子供を連れて嵩山に登りこゝから同夜枕木山を望んで遂に山の上で終つた」。「嵩山の三社権現はこれで、今日まで枕木山の四月八日の祭礼終つて嵩山の三社権現を祭るは此理由であるとか」。

嵩山山頂の布自伎美神社の周りにいくつか小さな境内社があったはずだが、この三社権現だったろうか。今でも枕木山華蔵寺のご住職が三社権現を祭ることをしているのか、どうか。

この説話はもともと「枕木山雑記」という書物によるものらしい。なお、松江城の鬼門を守護する枕木山もなかなかいい山だが、松江では有名な心霊スポットでもある。

国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1465126

[J0448/240105]

阪上孝『プルードンの社会革命論』

『フランス社会主義』(1981年)の改題・改訂版として、平凡社ライブラリーから2023年に復刊。「隠れた名著」復刊という謳い文句も納得。僕にとっては一読すればただちにすべてを理解できるという種類の本ではないが、プルードンの思想の全体像を描いて充実した記述。自分でルソーやマルクス、コントやデュルケームあたりと比較検討しながら読むと、理解が深まりそう。

序章 フランス社会主義の歴史構造
1 経済学と社会主義
2 協同組織思想の展開
3 プルードンのアソシアシオン論
4 プルードンの社会革命論
5 プルードンと“国家の死滅”

今回の拾い読みで自分なりに拾ったところ。

プルードンは、所有を「盗みである」とし、それが「専制的支配」であることを主張するとともに、資本・国家・教会が〈絶対主義の三位一体〉として、搾取と抑圧の体系を形成していたと捉えた。その上で、社会における「秩序とアナルシーの結合」によってその克服を構想した。これは、現在流行(?)の反国家思想、アナーキズム論のはしりでもある。

その際、プルードンはばらばらで一般的な個人を基礎に考えたのではなく、手に職を持つ労働者こそが自由と自律の基礎として、自らのアソシアシオン(協同組織)論を展開した。また、従来のアソシアシオン論がしばしば宗教的なものへの傾斜を含んでいたことに対する批判も、彼のアソシアシオン論には含まれている。さらに、革命自体が宗派主義的で排他的になりがちであること明確に見抜き、これを避けようとしていたのはたいへんな先見の明といえる。なお、マルクスとは一時期文通もしていたが、じきに途絶えたとのこと。

そう、気になったのはプルードンによるルソー批判で、中間集団の多元性を社会の基礎におくプルードンは、一元的なルソーの一般意志論を拒絶していたとか。こうしてみると、サン=シモンやデュルケームのように、分業の進展を強調しながら、その先に共通の集合意識を想定する発想は、ルソーとプルードンのあいだに位置するとも言えそうだ。

国家と資本の本源的結合という論点については、萱野稔人『カネと暴力の系譜学』も連想した。

[J0447/240104]